12時半前に二人そろって家を出た。玄関を先に出た嫁さんがカギをしめている僕のほうを振り返って何も言わずに含み笑いをしていることに気が付いた。「何?」と聞くと「なんでもないわ」と言ってマンションの出口のほうへ歩き始めた。少し早歩きをして嫁さんに追いつくと背中越しに「何笑ってるん」と聞くと「なんでもないわ」と繰り返してきた。それ以上聞くとしつこいなと自覚したぼくは嫁さんの背中に舌を出して後に続いた。外は快晴だ。昨日の雨で空気中の細かなホコリなんかが洗われたのか空気が澄んでいるように感じる。歩道の脇の花壇の黄色い小さな花がゆっくり揺れている。どこかへ出かけるときはこうしていつも二人で駅まで歩いていく。
ぼくは典型的な「釣った魚に餌をあげない」タイプだ。気の利いた会話もさほど得意ではない。だからたまに話をしたがる嫁さんとは話をしないことで喧嘩に発展したりする。別に話を聞くこと自体は苦痛でもなんでもないのだけど、話が長いことには少し苦痛を感じることもある。嫁さんの友人が持っているバッグが可愛いという話の結論をぼくに話すときに何故にその友人と旦那が話している会話から始めてくるのか分からない。回って回って、えっ?言いたかったのはそこなん?と内心思うことはよくある。まぁ~これはぼくの友人からもよく聞く女性の習性らしいから仕方ないとは思っている。きっと気の利いた旦那さん方は奥さん方の話が遠回りしている間もちゃんと目をみて相槌をうって聞いているんだろうなと感心する。
「付き合い始めたころはダサかったもんなぁ~」突然、少し笑いながら嫁さんがよこを歩いているぼくの顔をみながら言ってきた。
「はぁ?そっかぁ~それでさっき笑ってたんかぁ」
「誰のお蔭やと思ってるん?私やで」
「・・・はい」ぼくが着ている服は嫁さんチョイスだ。基本的に自分ひとりのときは服は買わないことにしている。付き合い始めてからずっとそうだ。要するにぼくにはファッションに関するセンスがないのだ。逆に嫁さんは兎に角ファッションについてはとびっきり興味があって、それなりにセンスがいい。しかも安いものを高く着飾るテクを持っている。歩いていると突然、「あっ!あれ可愛い」と言ってショーウィンドウ越しに見えるスカートなんかを見極めたりする。さらにもっとすごいのがその値段をしっかりと記憶していることだ。この記憶能力は我が家の家計をすくなからず助けてくれている。それは服だったり食料品だったりの「物」とその「販売価格(価値)」とを即座に釣り合っているか?価値があるかを判断するのだ。「えぇ~これでこの値段はありえへんわ」「この服はこの前みた時より安くなっているわ、でももうすぐセールやからもうちょっと待つわ」と一人で私に説明してくるのだ。でもぼくは嫁さんがこうしてぼくと一緒にウィンドウショッピングをしていることが楽しいんだということを知っている。だから遠くを回ってたどり着く回りくどい話も、少し退屈になるけど笑いながら付いてあるけるのだ。
「先に何か食べようか?」電車をおりる前に嫁さんに聞くと、
「せやなぁ~先に食べようか、何食べる?」
「和食は?」ぼくが聞くと
「そうやな」嫁さんが笑った。