土曜日のお昼は焼きそば

桜エビと天かす、ビールも忘れずにね!

「ホットプレート出してくれる?」キッチンの奥で材料を準備している嫁さんがタイミングを見計らって声をかけてきた。
「はいよぉ」僕は思いっきり気を利かせてリビングのテーブルいっぱいに新聞紙を広げてホットプレートを準備する。と同時にリビングにつながっている寝室やクローゼットのドアが閉まっていることを再確認して窓を全開にした。
「スイッチ入れといてもいいかな?」キッチンを覗き込みながら聞くと
「もうちょっと待ってて」言われたとおりにホットプレートのスイッチをオフにしたまま嫁さんを待つ。

関西は粉もん文化だ。たこ焼きとお好み焼き、それから焼きそばはその家々オリジナルの味があるんだと結婚する前に聞かされたことがる。今僕の家にあるたこ焼き器は3代目だ。初代のそれは分厚い鉄板に丸く半分だけ凹んだ穴が12個あいててコンロの上に乗せて使うタイプで1番の基本型とのことだった。2代目は使い勝手を見込んで電気のタイプにしたのだが嫁さんの「やっぱ直火だな」の一言でガスボンベと一体型になっている24個焼きの上級モデルを今は使っている。なかなかの優れものでとても気に入っている。

嫁さんに言わせるとお好み焼きと焼きそばはセットなのだそうだ。最初にお好み焼きを家族みんなでテーブルに置いたホットプレートでわいわい言いながら食べた後に残った具材で焼きそばで締めるのだそうだ。「はぁ〜?基本やでッ」だそうだ。
「子供のころお父ちゃんが仕切ってよく焼いてくれたなぁ」3姉妹の嫁さんにはお父ちゃんがよくオマケしてくれたと懐かしそうに話してくれのを覚えている。

「おっけーッ、スイッチいれていいでぇ」
「はいよ」薄くオイルをひいてホットプレートに熱が行き渡るのを待つ。嫁さんに言わせるとお好み焼きと焼きそばのセットはディナーなのだそうだ。昼間のランチにはお好み焼きは付かず焼きそばのみなのだそうだ。大きめのお盆に乗り切れないほどの食材と調味料を重ねてキッチンから嫁さんが出てきた。ここからは余計なサポートは一切不要だ。子供の頃にお父ちゃんから教えてもらったのか?それとも見て盗んだ味付けを嫁さん自身でアレンジしたのか定かではないが、僕が口出しすると口悪く
「黙ってみとれ」と言われるのがオチだ。冷蔵庫から冷えたビールを持ち出してきて出来上がりを待つことにする。

豚肉を炒めてもやしにキャベツ、タイミングを見計らって桜エビや魚粉それに白コショウと続く最後の決めはとんかつソースとウースターソースの配合らしい。最後に青のりも必須だ。ホットプレートの表面を傷つけない自慢のシリコンのヘラを両手にもって黙々と手早く麺を返していく。
「いいなぁビール飲みながら見てるだけで」と言いながら笑っている。
「オッケー」嫁さんが自慢のシリコンのヘラで僕の前に置いてある大きめのお皿に盛り付けてくれた。そして自分のお皿にも盛り付けてお昼の焼きそばの完成だ。
「よっしゃ〜」エプロンを脱いで嫁さんが椅子に座る。
「頂きまぁ〜す」二人で声を揃えて感謝する。
「ほふ、ほふ、ふぅまひなぁ〜」
「うん、まぁおっけやな」嫁さんは自分が仕上げた味に納得して頷いた。僕は焼きそばを一口二口頬張るとビールを流し込む。程よく濃いソースの味を切れた炭酸が喉の中で追いかけていく。
「うっまぁ〜」生き返る。そして焼きそばの麺の影から覗いていた白いキャベツの芯の切れ端を箸でつまんで横の嫁さんのお皿にちょこんと置いた。
「んもぉ〜これくらい食えよ」そう言いながら嫁さんは僕が置いたキャベツに芯を自分の口に放り込んで笑った。僕は焼きそばに入っている異様にでかくカットされたキャベツの芯が苦手だ。

嫁さんは3姉妹の末っ子

嫁さんのお母ちゃんは僕とよく似たマイペース

「子供ができても私が一番やからな」
「うん」
そう約束して僕たちは結婚した。その約束が守られているかどうか聞いて確かめてみることはしない。でも最近、出張先で飲んで寝る前なんかにふと反省することがある。僕は嫁さんを大切にしているかなと・・・

「こっちの部屋ちゃんと掃除機かけてくれた?」買い物から帰ってきた嫁さんが奥の部屋から声がする。
「かけたよ」そう返事をすると静かになった。暫くして部屋から出てくると
「髪の毛とか落ちてたで、どこに目つけてるんよ?」そう言いながらハンディ掃除機をもってまた部屋に戻っていった。ビューンと勢いよくファンが回る音が聞こえる。
「んとに、もう、ほんま役にたたへんなぁ」ひとしきり文句を言ってリビングのテーブルに置きっぱなしにしておいた買ってきたばかりの食材をキッチンの冷蔵庫にしまい始めた。
「気を聞かせてなおしといとけよ、役にたたへんなほんまにッ!」
「あんたほんまうちのお母ちゃんと一緒やわ」
「あはは」妙に腑に落ちる一言だと思った。嫁さんは3人姉妹の末っ子だ。一番上のお姉ちゃんは近所に住んでいることもあってたまに遊びに来てくれたりする。ハキハキとしてさすが長女という印象の人だ。2番目のお姉ちゃんは少し遠くて住んでいるのは隣りの県だ。すごく可愛い感じのひとで若い頃はめっちゃモテていたと聞いたことがある。その3姉妹のお母ちゃんは小柄でとってもおっとりした人だ。決して人の前にることなく後ろで静かに笑っている。ずっと前にそのお母ちゃんからこっそり言われたことがある。
「あの子、口が悪いやろぉ〜」当然、末っ子の僕の嫁さんのことだ。
「あはは、大丈夫ですよ」
「なんでも思ったことをそのまま口にだすさかいに」本当に心配している様子で言った。
「はい、わかってますよ。大丈夫ですよ。」僕はそう言って笑った。
「ごめんなぁ〜でもあの子は悪気はないんよ」
「ほんま思ったことを思ったとおりに口に出すさかい」
『許してやってなぁ』と言わんばかりに小さなお母ちゃんは僕に頭をさげていた。
「はい」僕がそう返事をするとお母ちゃんも少し笑ってくれた。

キッチンから台拭きがリビングのテーブルに飛んできた。
「ぼーっとせんと拭いときやッ」今日の晩ごはんは何かなぁ〜 🙂

週末の夕食にはビールを添えて

350mmじゃなくて、500mmです 🙂

会社から自宅までは徒歩と電車を乗り継いで1時間10分ほどかかる。接待などの予定がない日は必ず会社を出る時には「会社出たよ」とラインをいれるようにしている。嫁さんはそのラインを合図に夕方からしかかっていた夕食の出来上がりを僕の帰り時間から逆算して仕上げに取り掛かるのだろう。毎回、僕が家につく頃にはダイニングテーブルの上に可愛く配置されている。

基本的に僕は週末しかアルコールを口にしない。と、偉そうに書いたが実は以前は毎夕食の度に飲んでいた。週末には昼のビールも当たり前だった。僕は飲む時は白米は食べない。必然的に夕食のおかずはちょっとした塩分が多めのアテ系のものが多く並ぶことになる。その頃は嫁さんも付き合いで飲んでくれていた。調子がいいと1本では足りずに頬を赤くしてニコッとしながら2本目に手を伸ばすことも度々だった。そんな夢のような日常は長くは続かない。ある日突然、嫁さん言った。
「平日飲むのやめるわ」
「えッ?」あえて理由は聞かない。聞かずともそう決意させた理由はすぐ納得できた。太ったからだ。確かに顔がぷっくりしてきたようだった。それでも僕は暫くの間、飲むことをやめたりしなかった。嫁さんも何も言わなかったし僕が飲み続けていることに対して特に気にすることなく楽しい夕食ではあった。ただ、嫁さんが飲んでない側で飲み続けていても楽しくないことに気付かされた。そう感じ始めて暫くして僕もウィークデーの夕食時に飲むことをやめた。愛だと思っている。でも、嫁さんが寝静まってから何度か飲んだことはある。

「あぁ〜お腹すいたわ」
「これ、美味いなぁ〜 何?」
「前にも作ったけど」
「えっそうだっけ?」冷や汗をかきながら言うと嫁さんは持っていた箸をおいて
「ほんま、つくり甲斐ないわ」
「あはは」汗・汗・汗 そんな会話も何度となく繰り返されるのだ。
「この出汁、美味しいわぁ」褒めることは大切だ。
「美味しいやろぉ」
「昆布?」
「ぶー」そんな会話も楽しい。嫁さんは隠し味に使われている食材を当てらると嬉しそうだし、当たらなくても嬉しそうにしている。こんな会話をしながら夕食を食べている時間をとても幸せだと思う。嫁さんが作るおかずのなかで大好きなのは「だし巻き卵」です。

そして週末、ラインの合図を送信してきっちり1時間と10分当然、
「ただいまぁ」リビングに行くと当然、白米はテーブルには並んでいない。
「おっブリカマ?」
「うん、今日安売りしててん」めちゃ機嫌がいい。スーツを脱いで部屋着に着替えてテーブルに着いてビールの缶の蓋を開ける。嫁さんの分の蓋を開けるのは僕の勤めだ。
「かんぱーい」僕は缶から直接飲むが嫁さんはグラスについて飲む。アルミ缶特有の匂いが好きじゃないらしい。
「このカマ、美味いなぁ」
「うん」ビールもすすむ。断っておくが350mmじゃなくて500mmだ。
「どうしようなか」嫁さんが空になった一本目の缶を小さく振りながら言う。
「飲めば?」すでに僕は2本目も半分を過ぎている。
「一本は飲まれへんわぁ」ちょっと可愛く言う。昔でいうぶりっ子というやつだ。
「いいよ、飲めなかったら俺が飲むわ」
「うん」そう言われて冷蔵庫に取りに行くのは当然、僕だ。そして嫁さんが飲めないと宣言した分を飲むのだ。

そしてトイレにたって戻ってきた嫁さんはテーブルにはつかずソファーにどっしりと座り込む。ほんのりと赤くなって顔でリモコンでテレビを操作して番組を観ているうちに静かに寝入っていまうのだ。食器やキッチンの後片付けは僕の勤めだ。こうして週末の金曜日の夜が更けていくのだ。

用意周到の嫁さんと

行き当たりばったりの僕

スーパーの調味料のコーナーを見渡しながら嫁さんがぶつぶつと念仏でも唱えているように何かを言っている。
「どしたん?」
「ラー油ってあったっけ?」
「あったと思うで」そう僕が答えると、
「あんたの言うことは当てにならんからな、買っとくわ」
「・・・」
「だっていっつもそうやろ、ちょっとしか残ってないのにあるって言うやろッ!」
「あるから」僕のせこさと言うか貧乏性を咎められてつい不機嫌に返事をすると
「ほんま、ケチくさいねんから」嫁さんはそう言うと次の補充品を探してツカツカと陳列棚の奥の方へと歩いていった。後ろから少し間をあけてついていく
「あぁマヨネーズあったっけな?」また念仏を唱えている。でも聞かれていないので僕は何も答えない。すると
「あっやっぱいいわ、あっちで買うわ」よそのお店の方が安く売っていることを思い出したようだ。

どちらかと言うと僕は行き当たりばったりのその場凌ぎのタイプで何か問題が起こらないと行動しない。問題が起こる前からそうなったらどうしようとか起こってもいない事柄を事前に心配するようなことは一切しない。でも嫁さんは真逆だ。なんでも事前にきちんと調べてその事象に対してきちんと準備をして望むタイプだ。町内会の役員決めの前などでは「選ばれたら絶対嫌やわ、会合いくのやめようかな」とか必死に祈っている。そういう性格だからなのかトイレットペーパー、ティッシュなどの日用品の消耗品から始まって胡椒やラー油などの調味料までいざ使うという段になって「あー無いッ」とかいう事態に陥ったことは一切ない。大したもんだ。二人とも福岡に住んでいたこともあって水炊きが大好きだ。ポン酢は「朝日ポン酢」と決まっている。常に2本の予備がある。

話は変わるが僕は嫁さんのオナラを聞いたことがない。結婚する前は当然だけれども結婚して一緒の家で暮らしているにも関わらずである。生理現象だしどうしているのか不思議でならない。だいぶ前に直接聞いたことがある。
「あのさぁなんで屁しないの?」突然の質問で少し驚いたようだった。
「えッ?」
「一回も聞いたことないんだけど」
「だって恥ずかしいやろ」少しだけ顔が赤くなったような気がした。
「ふぅ〜ん、そっか」
「あんたと違うねん」恥ずかしさを打ち消すようにわざときつく言い返してきた。

僕はリビングのソファーでこっそりスカしたりすることがある。嫁さんはテーブルの椅子で座っている。この距離なら大丈夫だ。そう自信を持ってスカす。しばらくすると
「臭いッ、屁したやろッ」
「エッ」
「もぉほんまデリカシーのない奴やな、結婚せんかったらよかったわ、もぉ」
オナラで離婚されることはまずないだろう。たぶん・・・


一撃必殺

ご臨終です!

「ちょっと、来てぇーッ」リビングでくつろいでいると夕飯の支度をしている嫁さんがキッチンから金切声で叫んだ。
「はよッーはよーッ」
「何してんのよ、早くーッ」パニックに陥ってヒステリックな金切声のトーンが最高潮に高まっている。でも、僕は慌てない。
「きっとあれだ」そう確信してキッチに行くと形相を変えて固まっている嫁さんが指差す先に体長5ミリ程度の小さな物体が少し動いては静止する行動を見せていた。
『やっぱりだ』
「はよぉーつぶしてよッ」
「何してんのよ、はよぉー」ティッシュを手に息を止めて静かに静かに近づいく。動きを悟られるとこっちの負けだ。取り逃した後の嫁さんの僕に対する罵声は何度も過去に経験している。ましてや今夜の夕食がほぼほぼ出来上がっているこの状況でそれは避けたい。
「エイッ」撃墜したはずだ。
「とった?」心配そうに嫁さんが聞いてくる。ティッシュの中に可哀相にまるまった5ミリ程の黒い物体が見えた。
「こいつ今朝みたやつと違うわ」嫁さんは僕が出勤したあとに同じようにキッチンで敵に遭遇していたらしい。
「朝みたのはもっと大きかったもん」そう言って見せる嫁さんの親指と人差し指の間はやはり同じ5ミリ程度の幅が空いていた。
「やっぱりこいつ朝みかけたやつと違うわ」
「もぉ嫌やわぁ〜一匹見かけると50匹は居るっていうで〜最悪やわ」
『取り逃さなくてよかった』僕は安堵した。

それにしてもこの小さな黒いやつに限らず、蚊よりも小さい飛ぶ虫たちにどうしてこうも過激な反応をしめすのだろう?見つけると一瞬でスイッチが入る。慣れっこの僕は慌てない。とにかく確実に仕留めることを考える。僕のうちの家具の隙間や角にはかなり多くのこれらの虫取りの仕掛けが置いてある。でもその周辺で死骸は見たことがない。1匹見つけたら50匹いるという説は本当なのだろうか?



これが僕の嫁さんの強さなのかぁ〜

あの人のこと好きじゃないって言ってたのに

見たいものがあると昨夜言われて二人で出かけることになった。10分少しの駅までの道のりをいつものように手を繋いであるいていた。
「何? 見たいものって」そう僕が聞くと、ほんの少し間をおいて僕の顔を見上げながら
「ふふ」嫁さんの身長は154センチ、僕は178センチある。僕が好きになり始めた頃の嫁さんはハイヒールを履いていることが多かった。7〜8センチ程度はあったと思う。そのハイヒールをキチンと膝を曲げずにシュッシュッと歩く姿は本当に綺麗だなと思って見ていた。今はスニーカーだ。
「何だよぉ」と聞き直しても小さく笑うだけで説明してくれない。そんなたわいもない会話がとても気持ちいい。

朝を僕を送り出して部屋のなかを隅々まで掃除してくれて、飾りだなにはかわいい小物も趣味よく並べてくれて雰囲気を作ってくれている。そんな嫁さんが前にポツンと言ったことがある。
「今日も誰とも話しせんかったわ」一日中うちに居てテレビやスマホも観たり眺めたりしていても会話はできない。僕は改めて気付かされた。夜、仕事を終わって帰ってきた時に頭の中がまだ残業モードで嫁さんの話しかけにまともに返事をしないこともあった。それに気づいていたかどうかは確信はないが、帰ってきたらこれを聞いてもらおうと思いながら夕食の準備をして、いざ話そうと思った時に僕の顔をみてその半分も話せていなかったのかもしれない。僕はスマホでもラインのやり取りやこんな駅までの小さな会話をしっかりと第一優先で聞こうと思い直したのだった。

結局、嫁さんは僕にその見たいものの正体を説明することなく、でも楽しそうに歩いている。すると僕たちが進む前方から見覚えのある女性が自転車に乗って向かってくるのが見えた。遠くからでも僕ら二人に妙に笑顔を振りまいているのがわかる。そして僕たちの斜め前方にブレーキを鳴らして停まると
「いつも仲良しでいいわねぇ」オホホとばかりに声をかけてきた。僕はチョコンと頭をさげて挨拶した。嫁さんは負けじと短い会話を盛り上げていた。その間、僕は3、4前に進んだところで話す二人に背を向けて嫁さんが来るのを待っていた。そうだ、思い出した。「あいつ、人の噂を言いふらして回るおしゃべりで嫌なやつやねん」嫁さんが前にそう言っていた。思い出したとたん、気になった振り返ると嫁さんが笑顔で
「じゃまたぁ」と頭を下げているところだった。そして僕に追いついてごめんごめんと言いながら手を握り直してきた。
「あの人、嫌な奴なんじゃないの?」
「えっ?」
「前に言ってたよなぁ〜嫌な奴やねんって」
「うん、せやで」
「なんであんなに笑顔で話し出来るん?」
「はぁ」
「だって嫌な奴ならそっけなくしときゃいいんじゃないの?」
「はぁ〜それがアカンねん」
「えぇ」
「嫌いな奴でも、あぁやって適当に話し合わせて笑っときゃええねんって」
「そうかぁ」僕は少し納得した
「あんたはすぐに顔にでるからなぁ〜自分が嫌いな人が話しかけてきたりすると、テキメンに分かるわ」
「うん」
「嫌いな奴でも顔では笑っときゃええねんって」
僕の嫁さんは本当に強いなぁと思ったのだった。

余談ですが、極はIPAビールが大好きで中でもこのBROOKLYN IPAが大好きなんです。


Diesel

洋服くらい若者らしくしてないと相手にされなくなるよ!

前にも書いたと思うが僕の服装はほとんど全部が嫁さんの見立てだ。結婚する前の付き合っている時のことだから10年以上も前のことだ。その頃の僕は今とは大きく違っていた。痩せていた。身長は178センチ、体重は80キロはなかったと思う。二人で一緒に買い物していた時のことだ。話の流れから僕のジーパンを買うことになった。その頃の僕は「Levis」の501こそがジーパンの中の最高峰という認識しかなかった。ましてやジーパンのことを「デニム」と称することなど恥ずかしくで口に出したりできない変な硬派な奴だった。現にいっちょらの履き慣れて色がいい具合に薄くなり始めている Levisの501さえ履いていればそれなりにカッコよく見られているんだろうくらいの自信は持っていた。
「これどう?」嫁さんが手に取って僕に差し出してくれてのがDieselのフレアジーンズだった。
「ウエストは合う?履いてみたら?」
「うん」僕は促されるままに選んでもらったサイズとひとう上のサイズを持って試着室に入った。メンズのフレアジーンズは今のレディーズと違ってローサイズの腰で履くデザインだった。試着室の中で値札を見て驚いた。確か2万円を優に超えていたと思う。そんな驚いた様子を悟られないように心を落ち着けるには試着室は適している。そして何食わぬ顔で小さなカーテンを開けて外にでて聞いた
「どう?」
「うん、いいと思うけど」自信を持って勧めた結果が予想以上に似合っていたんだろう。それもそのはずだ。僕はさっきも書いたけど当時は痩せていたしそれまで買ったジーパンの裾は切ることなく履けていた。既製品のウエストと股下のバランスが仕立てたみたいにジャストフィットする体型だった。
「じゃ買おうかな」値段のことは少し引っかかってはいたが「せこい」と思われるのが憚られて買ったのを今でも覚えている。イアリアのブランドだということも同時に教えてもらった。

その頃から嫁さんが僕に常々言ってくれていた事がある。
「あのね、せめて服装くらい若者に流行っているものを着てないとダメよ」
「あんたはいつも態度が大きいから若い人が話しづらいんだって」
「だから服装くらい若者らしい格好しとかないと話してくれないんだから」
「いつも目線を下げて若い人たちと話しとかないと老けるから」
「だから若い格好しときよ」Dieselの値段が高いことは百も承知だったのだろう。でもその頃から僕の嫁さんは僕のことを思ってくれていたのだ。その時初めて買った Dieselのフレアジーンズは今も大切にタンスにしまってある。
でも、もうウエストが入らない。



下手な褒め言葉は不幸を招く

その一言が命取り

その日、僕は嫁さんと会社帰りに待ち合わせていた。事前に夕方から会議の予定があること、さらにその会議は長引く可能性があるのでレストランは会ってから入れそうなところにしようと予め嫁さんと申し合わせていた。待ち合わせの6時半という若者にとっては夕食が混み合い始める時間であることは十分に想像はできていたのだが、週初めの月曜日という状況がいきあたりばったりの中年に少し足をかけた夫婦にはきっとテーブルを提供してくれるだろう幸運に賭けたのだった。

案の定、月曜日の夕方のという週初めの会議は堅物の常務の一言で9回裏ツーアウトから延長戦に突入した。僕は思い気持ちのまま5時半の終業を知らせるチャイムがなる丸いスピーカーを恨めしそうに見上げた。『お前はいいなぁ毎日定時で終われるもんな』とアホなことを心の中で呟いてみた。そして事前に会議が長引くかもしれないと待ち合わせ時間に保険をかけていたことに少しだけ安堵した。そして「少し遅れるわ」と机の下で嫁さんにラインを入れた。

常務の一言で延長戦に突入した会議ではあったが他の役員や幹部連中も少し白けムードの様子を呈していた。それもそのはずだこの推し迫った期末の締めのタイミングで売上の数%程度しか占めない製品のましてや来季の予算にはさほど興味を示す幹部はいなかった。そんな会議のムードを察してか延長戦に突入した会議は専務のサヨナラタイムリーで6時前に終わった。

「ごめん、今会社出たよ」
「了解」すぐに返事が来た。
「たぶん、7時少し前に着くわ」
「オッケー」よかった。何とか機嫌は良さそうだ。久しぶりだもんなぁ〜こうして会社帰りに待ち合わせて食事に行くなんて、嫁さんよりも僕のほうがウキウキしてきた。電車を乗り継いで待ち合わせの場所についた。
「今電車降りたよ」地下鉄のエスカレータを上りながらラインを入れた。すぐに既読マークが付いた。返事はなかった。地上にでるとすぐに嫁さんが小さく手を振って合図するのが見えた。焦らすつもりはないがわざとゆっくりと嫁さんに近づいていく。随分前に何度もこうして待ち合わせしたっけな、そんな記憶が蘇ったきた。
「ごめんなぁ〜遅くなって」
「ううん、大丈夫」笑顔だ。本当によかった。僕は心からそう思った。
「さぁどこ行こうか?」
「ここは?」とスマホを差し出してアプリで探し当てたお目当てのひとつのレストランを示してきた。
「イタリアン?」きっと僕を待つ間にいくつのもコメントをチェックしながら候補を絞ってくれていたんだろう。嫁さんは決して自分の好みを押し付けたりはしてこない。常に僕の嗜好を優先してくれる。そんな時僕は心から感謝するのだ。
「いいね、場所は???近そうだし言ってみるか?」僕はいつものように左手を出して嫁さんの右手を取って歩き出した。ふっくりと柔らかい手の感触が幸せに思えた。常務の一言で延長戦に突入した時の絶望感と今この瞬間の幸せのギャップをあの天井の丸いスピーカーに見せつけたいと思った。
「あれ?髪、色変えた?」僕がそう言って左側の嫁さんを見るやいなや嫁さんが右手を勢いよく振り解いた。
「先週なんやけど」
「はっ?」
「あんたこの週末、気づいてなかったん」嫁さんの目が怒りで燃えている。僕はその日、レストランでアルコールは控えてテーブルウォーターのみにしておいた。

奥様方はサプライズがお好き

嫁さんの期待を裏切り続けてはや何年?

何故、世の女性たちは旦那や彼氏からのサプライズがこうも大好きなんだろうか?僕はことある事に奥様から集中砲火を一身に浴びることになる。最大の難関は奥様の誕生日だと思われそうだが実は誕生日はなかなかサプライズにはなりにくいのだ。答えは単純で誕生日というのはお互いに何かがあると一年の中で一番予測がつきやすい日だからだ。なのでサプライズにはならない。

結婚する前の僕の誕生日のことだった。当時はスマホはなかったが今で言う「ガラケー」でラインみたいなリアルタイムでやり取りができるアプリはあった。当時のカップルたちは携帯キャリアが提供するそれらのコミュニケーションアプリで必死に愛を語り合ったものだ。
「お誕生日おめでとう」嫁さんになる前の彼女からメッセージが届いた。
「ありがとう」すぐに返信する。当然である。今もその気持ちはまったく変わらないが当時は結婚を意識していた時期だし、自分の誠意を示しうる手段でもあった。なにせ僕たちは大阪と福岡という500キロもの遠距離恋愛だったからだ。
「今日は何するん?」
「まわりには誕生日とか言ってないし、夕方軽く○○さんと軽く飲んで帰るつもりだよ」
「そっか、気をつけてね」
「帰ったらまた連絡するね」僕はそれだけで本当に幸せな気持ちになれた。そんな存在だった。断っておくが「存在だった」というのは当時の気持ちを今表しているために過去形で表現しているだけであって今もその気持ちは一切変わらない。誤解を招きかねないので念の為に記しておきたい。はい、念の為。

5時半に仕事を終えた僕は嫁さんに宣言したとおり当時の上司の○○さんと会社を出て近くの居酒屋で本当に軽く飲むことにした。軽くというのには僕なりの訳があった。会社が終わってすぐに家に帰るというのも味気ないし、かと言って上司と一緒に浴びるhど飲むというのも気が引けた。なんたって今日は誕生日だからだ。家に帰ってゆっくりとガラケーのコミュニケーションアプリで嫁さんになる前の彼女と話したいという気持ちがあったからだ。なので「軽く飲む」という選択に辿り着いたのだった。ところがこの「軽く飲む」という選択が後から大きな意味をもつことになるのだった。

会社を出る前に「会社でてこれから軽く飲みに行くわ」とメッセージを入れておいた。「はいよ、気をつけてね」すぐに返事があった。居酒屋では上司の○○さんと仕事の話題と軽いつまみで生ビールを2杯程度のんで小一時間でお開きになった。
「これから帰るわ」メッセージを送ると
「はーい、了解」いつものようにすぐに返事がきた。それから僕はいつものようにバスに乗って家路についた。嫁さんになる彼女は週末には何度も大阪から福岡まで新幹線に乗って遊びにきてくれていた。僕の会社から自宅までのバスの順路はよく知っていたし今僕がどこにいるかを知らせることで安心してくれるだろうと「今、六本松のバス停だよ」などとバスが走る道順をリアルタイムで連絡した。そうメッセージを送るたびに
「はいよ😀」とすぐに返信が届いた。自宅に近いいつものバス停で降りてから家につくまでの間も何度かメッセージを送信した。そして
「ただいまぁ〜」家の鍵を開ける前にメッセージを送って扉を開けると暗いはずの家の中が明るかった。不思議に思いながら上がっていくと部屋の小さなソファに嫁さんになる前の彼女が笑顔で座っていた。
「うわッ」本当に驚いた。嬉しかった!最高のサプライズだった。わざわざ会社を午後半してくれて大阪から福岡まで来てくれたのだった。それもそれとなく僕の今日の予定まで確認して、なんとわざわざカセットコンロと上等のすき焼き用のお肉まで仕入れてきてくれていたのだ。当然、白菜や糸蒟蒻に焼き豆腐も買い込んできてくれていたのだ。ここで『居酒屋で軽く済ませたこと』が意味をもつことになったのだ。僕の誕生日に愛のすき焼きでお腹いっぱいに食べたのだった。これが嫁さんになる前の僕の彼女が僕にしてくれた最高のサプライズだ。
「あんたのサプライズでは全然驚かへんわ」と嫁さんに言われ続ける理由だ。

LINEのビデオ通話で

やっぱり突然すぎるビデオ通話には勇気がいるな

僕は結構な頻度で出張に出かけることがある。国内、海外問わずである。たまに出張先から突然、なんの連絡もせずにLINEのビデオ通話をかけてみることがある。突然の僕からのビデオ通話をきっと驚いて「何ぃ」と少し嬉しそうな嫁さんの嫁さんの顔を思い出しながら『でももしかして???』『いやいやそんなことは100パーセントあり得ない』といった心の葛藤を押し殺してかけてみる。プルルル、プルルル呼び出し音がなる。心の葛藤を押さえながら待っていると
ブチッと音がして呼び出し音が冷たく遮断される。
『アレッ?』一瞬、心の葛藤が深夜の静寂のように静まり返る。
『どうしたんだろ?』当然、通話を拒否されるといった想定は頭の中にはない。嬉しそうな笑顔で「どうしたん」と聞いてくれることしか想定していない訳だから尚更だ。きっと何か、通信回線のせいで落ちたんだなと自分のいいように考えるのが男の性だ。間髪入れずにリトライする。プルルル、プルッ
2回目のコールの途中で遮断!
『あれ?』一瞬、固まっていると、ラインがメッセージの受信を知らせてくる。
「何ッ?』怒りの絵文字がホーム画面の上に浮かび上がる。
『何って?何だろう?』状況が読めないまま
「いや、特に何も・・・」と返信すると
「今、忙しいねん。何もないんならビデオなんかかけてくんな!ボケ」
こんな日は深追いをしては藪蛇だ。返信すらしてはならない。大人しく時間を置くのが鉄則だ。僕の嫁さんはとにかくストレートだし、思ったことは僕に対しては一切妥協がない。当然、僕は奥さんの包み隠さない切れ味鋭い言葉に何度となく瀕死の重傷を負っている。奥さんはきっと、これは僕のあくまでも想像ではあるのだけれど、自分が発した言葉に対していつも反省というかきつかったかなと思い直しているようだ。切れ味が鋭ければ鋭いほど、その傾向はそばにいて感じるとれるのだ。今回のように出張先からの突然のビデオ通話に対して何の説明もなく拒否遮断したあとは尚更だろう。しばらく大人しくしていると全く別の話題のラインが届くのだ。

こんなやり取りをしていると僕はいつも確信することがある。それはこいつの旦那は世界中どこを探して僕しか務まらないだろうなぁという自信だ。昔の人は言うには「人には馬鹿にされていろ」と、その事が心の支えになっている訳ではないが、99%は僕は尻にしかれていればいいと思っている。こいつの旦那は僕しか務まらないと心の底から分かっているからね 🙂