あの人のこと好きじゃないって言ってたのに
見たいものがあると昨夜言われて二人で出かけることになった。10分少しの駅までの道のりをいつものように手を繋いであるいていた。
「何? 見たいものって」そう僕が聞くと、ほんの少し間をおいて僕の顔を見上げながら
「ふふ」嫁さんの身長は154センチ、僕は178センチある。僕が好きになり始めた頃の嫁さんはハイヒールを履いていることが多かった。7〜8センチ程度はあったと思う。そのハイヒールをキチンと膝を曲げずにシュッシュッと歩く姿は本当に綺麗だなと思って見ていた。今はスニーカーだ。
「何だよぉ」と聞き直しても小さく笑うだけで説明してくれない。そんなたわいもない会話がとても気持ちいい。
朝を僕を送り出して部屋のなかを隅々まで掃除してくれて、飾りだなにはかわいい小物も趣味よく並べてくれて雰囲気を作ってくれている。そんな嫁さんが前にポツンと言ったことがある。
「今日も誰とも話しせんかったわ」一日中うちに居てテレビやスマホも観たり眺めたりしていても会話はできない。僕は改めて気付かされた。夜、仕事を終わって帰ってきた時に頭の中がまだ残業モードで嫁さんの話しかけにまともに返事をしないこともあった。それに気づいていたかどうかは確信はないが、帰ってきたらこれを聞いてもらおうと思いながら夕食の準備をして、いざ話そうと思った時に僕の顔をみてその半分も話せていなかったのかもしれない。僕はスマホでもラインのやり取りやこんな駅までの小さな会話をしっかりと第一優先で聞こうと思い直したのだった。
結局、嫁さんは僕にその見たいものの正体を説明することなく、でも楽しそうに歩いている。すると僕たちが進む前方から見覚えのある女性が自転車に乗って向かってくるのが見えた。遠くからでも僕ら二人に妙に笑顔を振りまいているのがわかる。そして僕たちの斜め前方にブレーキを鳴らして停まると
「いつも仲良しでいいわねぇ」オホホとばかりに声をかけてきた。僕はチョコンと頭をさげて挨拶した。嫁さんは負けじと短い会話を盛り上げていた。その間、僕は3、4前に進んだところで話す二人に背を向けて嫁さんが来るのを待っていた。そうだ、思い出した。「あいつ、人の噂を言いふらして回るおしゃべりで嫌なやつやねん」嫁さんが前にそう言っていた。思い出したとたん、気になった振り返ると嫁さんが笑顔で
「じゃまたぁ」と頭を下げているところだった。そして僕に追いついてごめんごめんと言いながら手を握り直してきた。
「あの人、嫌な奴なんじゃないの?」
「えっ?」
「前に言ってたよなぁ〜嫌な奴やねんって」
「うん、せやで」
「なんであんなに笑顔で話し出来るん?」
「はぁ」
「だって嫌な奴ならそっけなくしときゃいいんじゃないの?」
「はぁ〜それがアカンねん」
「えぇ」
「嫌いな奴でも、あぁやって適当に話し合わせて笑っときゃええねんって」
「そうかぁ」僕は少し納得した
「あんたはすぐに顔にでるからなぁ〜自分が嫌いな人が話しかけてきたりすると、テキメンに分かるわ」
「うん」
「嫌いな奴でも顔では笑っときゃええねんって」
僕の嫁さんは本当に強いなぁと思ったのだった。