OUTLET

Window Shopping

「明日、何時に出る」
「何時でもいいよ。お昼は?向こで食べよっか?」
「レストランが混みだす前に着きたいから・・・どれくらいかかるかな?」
「小一時間で着くんちゃう?」僕が応えると
「じゃ11時前に出ようか?」
「了解」
先週、街中でみたブランド品の夏用のバッグが気になっているらしかった。
「アウトレットに行きたいんだけど」少し申し訳なさそうに嫁さんが言ってきたのは月曜日の夕食の時だった。
「いいよ、いつ?」
「週末の土曜日か日曜日どっちか?」
「俺はどっちでもいいよ、特に何も予定ないし」
「じゃ日曜日」
「うん、了解」
「ちょっと気になっているバッグがあるねん」そう言うと食べるのを止めて、過去数週間の間に街中のブランドショップを歩き回って調べてきた情報を延々と説明し始めた。自分が欲しいタイプはブラウン系の色なのにどこの店も売り切れになっていたこと。毎年夏前にリリースされるタイプで去年のものよりも少し値段も上がっていること。さらに自分が足で調べた2つのお店には白系のそれがひとつづつはあったこと。どうしてもブラウン系がほしいらしく最後の砦としてアウトレットに行きたいのだということをいつもより少し早口で話し終えてから止まっていた箸を動かし始めた。

日曜日の朝、約束しておいたとおり11時少し前に家を出た。アルコールを飲む可能性を想定して電車で出かけることにした。僕の嫁さんは車の運転免許を持っていない。それが大きな理由ではないが基本的に歩くことが苦にならないというか歩くことが好きだ。付き合っていた頃から高めのヒールでシュッシュッと歩く姿はかっこよかった。結婚してからも一人で買い物に行くときは歩きだ。僕的にちょっと困るのは嫁さんの歩くスピードが速すぎることだ。「うん、いいよ」と約束をした時点で僕は覚悟を決めている。

レストランでは嫁さんは「アボカドとチキンのベーグルサンド」とミネラルウォーター、僕は「ラザニアとフレッシュサラダのセット」にホットコーヒーをオーダーした。僕たちが運よく窓際の席に着くと、注文した商品が届く前にすぐに満席になった。
「よかったね、もう席埋まって待っている人居るわ」
「ほんとだ、早く出てきてよかったなぁ」
「今日、ついてるかも」嫁さんがニマニマしている。ベーグルサンドとラザニアを仲良くシェアすると思ったよりお腹いっぱいになった。
「見た目より多かったなぁ~」
「うん、お腹いっぱいやわ、歩かなアカンわぁ」戦闘モードに入ったようだ。

でも僕には分かっている。今日はきっとお目当てのバッグがあったとしてもきっと買わないはずだ。何故かというと他にもほしいものがあるからだ。別にその二つのものを買えないわけでは決してない。余裕はあるわけではないが全然、買えないわけではないのだけれど嫁さんの欲しいものを買うときの信条みたいなものがあるらしい。その信条が嫁さんの購買意欲と購買判断にどのように作用しているかは分からない。でも僕の直感で今日は買わないだろなとそんな気がしていた。

お目当てのブランドが置いてあるショップに行く前にちょこちょこと洋服のショップを梯子して歩く。僕は後ろからニコニコしながらついて歩く。
「あぁこれ可愛い」
「こんなん欲しいわぁ」
「めっちゃ可愛い」
「これいいわぁ」
「可愛いぃ」のオンパレードだ。そもそも可愛いという言葉がここまで大きな対象物をカバーしているのかと少し僕自身の日本語の解釈を変えなければ行けないくらいに「可愛い」を連発している。春物の服は人をウキウキさせてくれるようだ。
そうしていよいよお目当てのバッグのブランドショップについた。静かに中に入って遠目にバッグがディスプレイされている棚へ視線を向ける。
「あった!」小さくつぶやくと一直線に歩き出した。少し間を置いて後ろからついていく。
「見せてもらってもいいですか?」店員さんが品のいい笑顔で白い手袋で棚の上に置かれているお目当てのバッグ見せてくれた。肩にかけてみる。店員さんがあちらどうぞと壁いっぱいに背の高い鏡のほうを促してくれた。
「どう?」鏡に映った嫁さんの口が動いた。
「いいんちゃう?」
体をよじりながらいろんな角度から自分とバッグを見る。そして肩からバッグの下すと
「ちょっと考えますね」そう言って店員さんへバッグを差し出した。
「ちょっと考えるわ」ニコニコしている。
僕たちは付き合っている頃からこうして一緒にウィンドウショッピングを楽しんできた。今もこうして一緒に楽しんでいる。嫁さんは決して自分からおねだりすることは決してしない。いいよいいよ、また今度と言ってばかりだ。もう少しだけ待っててなと心で強く思うのだ。

ストレッチ

朝晩の涙ぐましい努力に頭が下がる

「お帰りぃ♫」
明るい声が返ってきた。
あれ、機嫌よさそうだなと思いつつ
「ただいま」2回目の帰宅の会話をキッチンの中で夕食の支度をしている嫁さんの方へ投げると、同じように2回目の「お帰り♬」を返してくれた。間違いないきっと何かいい事があったんだ。僕は確信した。
奥の部屋で部屋着に着替えてリビングにもどるとテーブルには肉厚で皮の端っこが焦げた銀鱈の西京焼きが品良く並べられていた。思わず
「おっ西京焼きかぁ 美味しそうだなぁ」
「でしょう」の後に「ムフフ」と嫁さんが自慢げに口を鳴らすのが聞こえたような気がした。だが、僕にその「ムフフ」と思わせた原因が実は西京焼きではないことは二人で食事を始めて少しして聞かされた。
「美味しいなぁ」
「うん、ビールよりご飯に合うね」嫁さんも小さく頬張っている。
「今日ね、マキちゃんとランチして来てん」
「あぁそう言ってたね、マキちゃん元気だった?」いつもならいつ誰と会うという予定を僕が覚えていないだけで少し不機嫌になるのに今日はそのことには素通りだ。
「うん、元気だったよ」
「そっか」僕が西京焼きとアツアツのご飯を頬張ってると、嫁さんは西京焼きに箸を伸ばしながら言った。
「んでなぁ マキちゃんになぁ『ちょっと痩せたんちゃう』って言われてん」
そうか、さっきのムフフと言ったように思えた理由は美味しい西京焼きが理由ではなくてストレッチの効果を認められたことから来たムフフだったんだ。僕は少しでもわざとらしくならないように箸をとめて
「よかったやん」
「うん」機嫌がいい理由が明確に理解できた。

嫁さんは毎日、朝と晩に40分程度のストレッチを続けている。トゥルゥーワイヤレスを片耳だけにつけてスマホでYOU TUBEを観ながら「ふぅふぅ」と複式呼吸を意識しながら体を捩り続けている。健気な努力が認められた瞬間だったのだろう。確かに後ろ姿がシュッとしたなと思っていたところだった。
「あんたは何も言ってくれへんからなぁ」口の悪い嫌味も今日は何故か朗らかだ。
「いやいや、最近シュッとしたなって思っててんで」
「嘘つけぇ」
やっぱり西京焼きにはビールやお酒じゃなくてアツアツのご飯が僕は好きだ。きっと嫁さんもそう思っているに違いない。