ストレッチ

朝晩の涙ぐましい努力に頭が下がる

「お帰りぃ♫」
明るい声が返ってきた。
あれ、機嫌よさそうだなと思いつつ
「ただいま」2回目の帰宅の会話をキッチンの中で夕食の支度をしている嫁さんの方へ投げると、同じように2回目の「お帰り♬」を返してくれた。間違いないきっと何かいい事があったんだ。僕は確信した。
奥の部屋で部屋着に着替えてリビングにもどるとテーブルには肉厚で皮の端っこが焦げた銀鱈の西京焼きが品良く並べられていた。思わず
「おっ西京焼きかぁ 美味しそうだなぁ」
「でしょう」の後に「ムフフ」と嫁さんが自慢げに口を鳴らすのが聞こえたような気がした。だが、僕にその「ムフフ」と思わせた原因が実は西京焼きではないことは二人で食事を始めて少しして聞かされた。
「美味しいなぁ」
「うん、ビールよりご飯に合うね」嫁さんも小さく頬張っている。
「今日ね、マキちゃんとランチして来てん」
「あぁそう言ってたね、マキちゃん元気だった?」いつもならいつ誰と会うという予定を僕が覚えていないだけで少し不機嫌になるのに今日はそのことには素通りだ。
「うん、元気だったよ」
「そっか」僕が西京焼きとアツアツのご飯を頬張ってると、嫁さんは西京焼きに箸を伸ばしながら言った。
「んでなぁ マキちゃんになぁ『ちょっと痩せたんちゃう』って言われてん」
そうか、さっきのムフフと言ったように思えた理由は美味しい西京焼きが理由ではなくてストレッチの効果を認められたことから来たムフフだったんだ。僕は少しでもわざとらしくならないように箸をとめて
「よかったやん」
「うん」機嫌がいい理由が明確に理解できた。

嫁さんは毎日、朝と晩に40分程度のストレッチを続けている。トゥルゥーワイヤレスを片耳だけにつけてスマホでYOU TUBEを観ながら「ふぅふぅ」と複式呼吸を意識しながら体を捩り続けている。健気な努力が認められた瞬間だったのだろう。確かに後ろ姿がシュッとしたなと思っていたところだった。
「あんたは何も言ってくれへんからなぁ」口の悪い嫌味も今日は何故か朗らかだ。
「いやいや、最近シュッとしたなって思っててんで」
「嘘つけぇ」
やっぱり西京焼きにはビールやお酒じゃなくてアツアツのご飯が僕は好きだ。きっと嫁さんもそう思っているに違いない。