過信・慢心・気の緩み
先週の木曜日の朝だった。喉の奥の左側の方にあんまり記憶のない軽い違和感を覚えていた。僕の場合、風邪はいつも喉の痛みから始まって肘から手首までの部分に寒さを感じると確実に風邪なのだ。それでも初期段階で喉ヌールと葛根湯でほとんどの場合は寝込むことなく済ませてきた。と言っても最後に喉ヌールを使ったのも覚えていないくらい前のことだ。久しぶりに風邪かな?程度にしか考えていなかった。出勤前にちょっと喉の奥が変だと嫁さんに言うとすぐに葛根湯を出してきてくれた。
「まさか、コロナちゃうん?マスクせぇへんし」
「大丈夫やって」余っていたRATキットを使って検査してみると赤いラインが一本のネガティブサン。
「行ってくるわ」そう言って家をでた。会社でも少し寒気を感じながらも特別体調が悪い感じもなくごぐ普通だった。念の為と思って定時少し過ぎたあたりでお先にと会社をでた。帰宅途中の電車の中もさほど体調に違和感なし。
「ただいまぁ」
「おかえり、体調どう?」嫁さんがキッチンから大きな声ですぐに聞いてきた。
「うん、大丈夫やで」そう言っていつも部屋着に着替えてリビングに戻った。夕食の時も会社であったことなどを楽しく会話して美味しく平らげた。
「でもちょっ熱っぽい感じもするなぁ」本当に最初はその程度だった。
「念の為測ってみるわ」
「そうね」嫁さんが体温計を持ってきてくれた。ピ、ピ、ピ、
「37.7」の表示に一蹴目を疑った。そんなにあるん?軽く熱っぽい感じしかしていなかった。正直驚いた。まさか?4回もワクチン打ってるし感染しないと信じていた。
RAT検査ではくっきりと2本の赤いラインが見えた。
「ポジティブやわ」
「えぇ〜」
「だからマスクしてないからやで」
「もぉ〜」マシンガンのように次から次へと日頃からの僕の不注意に対する不満がとんでくる。返すことばがない。二人の寝室で寝る訳もいかず、追い込まれたのはウォークインクローゼットにマットを敷いた簡易隔離部屋だ。ウォークインクローゼットと言っても寝て両手は伸ばせない狭さで寝ながら見上げると両側には所狭しと嫁さんの服が鍾乳石にように垂れ下がっている。
「はぁ〜」ため息しか出ない。その夜、熱は39.9まで上がった。身体中の関節が痛い。ついさっきまで熱っぽいなぁと感じていただけだったのが一気に熱が上がって身体中だ辛くなってきた。これがコロナか!
簡易閣僚部屋に入ってからは嫁さんとの会話はLINEに限られた。
「部屋を出る時は事前にラインしてや」
「出る前にちゃんと消毒してきてや」
「パブロン置いとくし」
「部屋の中でもマスクしとってよ」
「水もドアの前に置いたで」
翌金曜日に予定していたお客さんに陽性のため会食は延期させてほしいと連絡を入れた。寝るしかないなぁ
土曜日、体中の間節の痛みは少し和らいだものの熱は37.5程度止まり。簡易隔離部屋で寝続けるしかない。一蹴、自分が死んだら嫁さん一人でどうやっていくんだろうかと無性に不安になった。僕のために献身的に動いてくれる。文句は嫌味は多いが決して心から憎んでのそれじゃない。愛あればこそか?早く元気にならなきゃと思う。
「買い物出かけるけど何か欲しいものある?」ラインが入った。
「牛乳」と返した。何故か直感的に飲みたくなった。しばらくしてラインで写真が送られてきた。
「どれにする?」写真に赤丸印をつけて返した。
「 OK」とだけ返信がきた。こうして陽がささない小さな部屋にいると時間の感覚がなくなってくる。ぼぉ〜っとしている間に思った以上に時が進んでいる。少し寝ては起きてを繰り返して土曜日は終わった。
日曜日、36.6度まで下がった.よかった死なずにすみそうだ.体調もだいぶ戻ってきた。関節の痛みはほとんど無い。今日一日養生して明日は何食わぬ顔で出勤したいものだ。
「おはよう、具合どう」すぐ近くにいるのにLINEでの会話が続いている。
「おはよう、36.6だよ」
「よかったなぁ〜あと少しやな」
「うん」いい気になってコーヒーを注文した。
「はいよ」優しい返事だ。しばらくしてドアがノックされて
「置いたよ」声がした。
「ありがとうさん」声で返事をした。