まえがき

「いつも言ってるやろぉ~なんで分かれへんねん?」「なぁ~なんでなん?」怒ったときの口癖だ。怒りの度合いによって声の調子やトーンはいくつかのパターンがある。怒りが心頭に発したときは音量は最大級になることは言うまでもないが、静かに怒っているときは「あれ?関西弁のイントネーションとちゃうなぁ~」と思えるくらいに平坦な調子でほそぉ~く発せられる時が多いのだ。どちらかと言うと静かに怒ってこのフレーズが発せられると家の中の住み心地が悪い状態は長く続く傾向にあって、二つ目のフレーズの「なぁ~なんでなん?」は、特に静かに発せられる場合が多い。そして、僕がこのフレーズを言われるときにいつも思うのは「はぁ?いつも言ってるやろって?言ってないやんかぁ~そんなん聞いてないわ」だ。もちろん口に出して言い返すことは100%無い。心の中でのささやかな反撃だ。もし言い返そうものならどんな恐ろしいことになるか・・・でも僕はさらに心の中でこうつぶやくのだ「本当に嫁さんは「いつも言っている」と思っているのだろうか?」いつも言っていない事を「いつも言い聞かせている」と認識するのはどうしてなんだろうか?それとも僕は確かに何度も同じ事を言われているのだろうか?もしそうだとすると全ての原因・要因は僕の方にあることになる。100%が僕だ。「いや、それは無いな」

ところで、僕の嫁さんは料理は上手いと思う。味付けも僕好みに仕上げてくれる。ただ、美味しく食べたいという気持ちをげんなりさせる出来事がたまに起こる。それは、「そのお皿ちゃうやろ」「何回食べさせたってんねん、よぉ見とけよ。ホンマにぃ」という怒りだ。どういうことかと言うと、嫁さんは自分が作った料理を盛り付けるお皿や器にまでこだわりを持っているのだ。こんな感じの料理にはこんなお皿が合うなぁ~この飲み物はこんなグラスやカップで飲んだほうがいいといった自分のこだわりがあるのだ。そして食事の支度が進んでいって料理が出来上がるころ、フライパンを左手に持ちながら右手のフライ返しを少し浮かせて食器棚の方を刺しながらお皿取ってと言うのである。何の料理ができあがろうとしているかも知らない僕が食器棚から適当にお皿をもって嫁さんの方を振り向くときにさっきの言葉が発せられるのだ。

嫁さん的には僕を楽しませてあげようという優しい気持ちもあってのこだわりなのだろうが、それまでに食べた料理と器の組み合わせ等に無頓着な僕はどの料理をどのお皿や器で食したかをほとんど、まったく、そして毎回、覚えていないのだ。念の為に書いておきたいのだけど、料理と器の色合いや量のバランス等について興味がない訳ではないのだ。何事にも感性豊かな反応を示す僕は見て触って、そして感じていいものはいいと思うし綺麗だな、よく出来てるなとも感心する。ただ、その事を覚えていないだけなのだ。最近になってやっと食器の間違いで怒られる理由が少し分かってきたような気がする。「嫁さんの僕への愛」だと思うことにしている。

この物語はこんな素敵なぼくのお嫁さんのエピソードを綴ったエッセイというか思い出集というかそんなものです。ただし、繰り返しますがこれは実在の人物、ましてやぼくの嫁さんとは一切無関係だということをお忘れなきよう宜しくお願いします。