私もこんな人と結婚すればよかった・・・

バスルームから悲鳴が!

それは突然の出来事だった。突然ではあるが別に珍しいことではない。二人で仲良く夕飯を食べ終えて僕はソファー、嫁さんは片づけついでにテーブルに腰掛けながら一緒にテレビを観ていた。9時54分、ひと段落すると
「先にシャワーいい?」基本的にお風呂といってもシャワーだけですませることが多いのだけれど嫁さんはいつも僕よりも先にお風呂に入るときには必ずそう聞いてくれる。少し古い気質をもっている奥ゆかしいところもあるのだ。が、僕が先に入るのはめったに無い。理由は後から入るものの義務として浴槽の掃除が待っているからだ。僕は決してその重責から逃れるため先に入るとは言わないし、嫁さんも決して重責から逃れるために先に入る訳じゃないわよといった雰囲気は醸し出したりはしない。本音は一度も聞いたことはない。
「うん」とだけ短く答えて短いニュースを耳で聞きながらスマホを見ていると、浴室のほうから叫び声が聞こえた。
「ギャーッ、んもぉ~ッ」最初に書いたようにこの叫び声は別に珍しい訳ではない。しかもワザと僕に聞こえるように言っているのだ。そりゃ初めて聞いたときは浴室の前まで飛んでいって、ドア越しに
『どうした?大丈夫か?』と心配もしたものだ。
『あはは、またか』僕はスマホから目を離すことなくその絶叫を聞き流すのだった。
「ちょっとぉ~」頭にバスタオルをターバンみたいに巻いてリビングに入ってきた嫁さんはシャワーだけのはずなのに湯上り時のように赤い顔をしている。
「また、シャワーの蛇口、戻してなかったやんかッ」
「あっそっか、ごめんごめん」少し笑いながら答えると
「ごめんごめんちゃううやろッ んもぉ」
「ごめんぉ~」ニマニマしながら僕が答えると
「次に使うひとのこと考えろっていつも言うてるやろ、外でも家でも一緒やで」
僕があまり真剣に相手にしていないことをあまりよく思っていないようだ。頭に巻いたターバンをほどきながらなにやらブツブツ言っている。
「あのさぁ」僕が切り出すと
「何よッ?」突っかかってきた。
「なんで、水を出す前にシャワーヘッドを持たないの?」
「はッ?」
「シャワーヘッドを持ってから水を出せばいいやろ」
「それは・・・最初に水を出したいの、どっちだっていいやろ」理詰めに窮したようで濡れた髪を前に垂らしてターバンでバンバンとぬぐいだした。それでも言い負けするのが悔しいのか
「後から使う人の事考えてないって事やっ」よっぽど悔しいのだろう。それもそのはずだ、水を出す前にシャワーヘッドを持つように言ったのは今回が初めてじゃない。
11時も回ってNHKで何やら夫婦の特集が流れていた。嫁さんがドライヤーを止めて言った。
「私もこんな人と結婚すればよかったわ」そう言うとすぐにドライヤーのスイッチを入れて乾かし始めた。決して僕のほうは見ていない。嫌味で言っているのは分かっている。可愛いものだ。
もし同じ言葉を僕が言ったらどうなるんだろう。想像しただけで怖くなる。

ZARAにて

はっとした一言、反省

食材のまとめ買いに嫁さんと一緒に出掛けた。最近は eコマース効果でポイントも溜まってお得感もあっていろいろと活用している。僕はさほど気にしてポイントは気にしてはいない。どちらかというと小銭が出ないことにeコマースの便利さを実感しているほうだ。嫁さんはどうもこまかくチェックしているようだ。でも僕は決してその中身には関わらないようにしている。
「ちょっと上のZARA寄っていい?」食材を買い込んだ嫁さんが聞いてきた。
「うん,いいで」ちょうど会社へ来ていく夏のシャツかポロシャツでも欲しいと思っていたし好都合だ。エレベーターで5階まで上がってショッピングモールの中を手をつないでZARAまでゆっくりと歩いた。
「えらい人、少ないなぁ」僕が言うと
「平日はこんなもんやで」嫁さんが応える
「そっかぁ」ZARAに着くと,僕はメンズ見てくるわと嫁さんに声をかけて右奥へと進んでいった。
暫らく見て回って気に入った白のポロシャツを試着していると嫁さんが近づいてきた。
「ちょっと着てみるわ」
「はいよ」
「どう?」
「いいんちゃう。でも白やとちょっとお腹、目立つなぁ~」息を吸ってお腹を引っ込めると
「無理無理」と言ってケラケラ笑った。こんなひと時が楽しい。僕は基本的に嫁さんから許可が出ないとその服を買わない。何度も自身の趣味で買った服で後悔しているからだ。試着した他の服を返して試着コーナーを出た。嫁さんはすぐ前で待っていてくれた。
「何かいいのあったん?」僕が聞くと
「ちょっとサイケ調のパンツがあってん」と言って僕をレディースの方へ引っ張っていく。
「どうこれ?」いろんな幾何学的な模様の中に原色とは違う薄いきれいな色たちが塗り重なって雰囲気のあるパンツを右手で持ち上げて見せてきた。
「いいんちゃう、着てみたら?」僕がそう言うと
「うん」とサイズを確認してもと来た服と服の間を抜けて試着コーナーにすっと入っていった。僕は入り口から少し離れたところで、且つ嫁さんが開けたカーテンが見える位置で嫁さんが着替えて出てくるのを待つ。すぐにカーテンが開いて嫁さんがサイケ調のパンツを着て出てきた。
「どう?」肥を出さずに口だけを動かして聞いてくる。
「でかい」とだけ声にださずに僕が答える。すると嫁さんがスタッフに頭をさげて何か言っている。すると店内のスタッフが同じサイケ調のパンツを持ってすぐに現れた。インカムで小さいサイズをお願いしたんだな。暫らくすると閉まっていたカーテンが開いて嫁さんが出てきた。
「どう?」口だけを動かしてこっちを見ている。僕は笑って
「おっけー」と返す。
パンツを抱えて僕のほうに帰ってきた。
「いい感じやったで」
「せやろぉ~好きやねんサイケ調」
「他は?」
「うぅん、いい」
「じゃ支払いするわ」そう言って僕の白いポロシャツと嫁さんのサイケ調にパンツを持ってレジに並んだ。すぐに順番が来て支払いを済ませて店をでようとした時だった。
「久しぶりに服買ってもらった」横を歩いていた嫁さんが小さな声でぼそっと言った。ハッとして嫁さんを見た。
「何か月ぶりやろ?」嫁さん自身はちょこちょこ服は買っているようだった。決して高価な服じゃない。それは普段見ていればすぐにわかる。出かける前に着替えた姿をみて
「あっそれ買ったんだ、いいじゃん」
「いいやろぉ~この前、セールで見つけて買っといてん」そんな会話をしたりしていた。でも、前みたいに一緒に店で見て買ったのは確かに久しぶりだった。嫁さんが嬉しそう言った「買ってもらった」という感謝を表す受動態の表現が僕には少し寂しそうに聞こえたのだった。ハッとした。
それは言わずに手を繋いで一緒にZARAを出た。

OUTLET

Window Shopping

「明日、何時に出る」
「何時でもいいよ。お昼は?向こで食べよっか?」
「レストランが混みだす前に着きたいから・・・どれくらいかかるかな?」
「小一時間で着くんちゃう?」僕が応えると
「じゃ11時前に出ようか?」
「了解」
先週、街中でみたブランド品の夏用のバッグが気になっているらしかった。
「アウトレットに行きたいんだけど」少し申し訳なさそうに嫁さんが言ってきたのは月曜日の夕食の時だった。
「いいよ、いつ?」
「週末の土曜日か日曜日どっちか?」
「俺はどっちでもいいよ、特に何も予定ないし」
「じゃ日曜日」
「うん、了解」
「ちょっと気になっているバッグがあるねん」そう言うと食べるのを止めて、過去数週間の間に街中のブランドショップを歩き回って調べてきた情報を延々と説明し始めた。自分が欲しいタイプはブラウン系の色なのにどこの店も売り切れになっていたこと。毎年夏前にリリースされるタイプで去年のものよりも少し値段も上がっていること。さらに自分が足で調べた2つのお店には白系のそれがひとつづつはあったこと。どうしてもブラウン系がほしいらしく最後の砦としてアウトレットに行きたいのだということをいつもより少し早口で話し終えてから止まっていた箸を動かし始めた。

日曜日の朝、約束しておいたとおり11時少し前に家を出た。アルコールを飲む可能性を想定して電車で出かけることにした。僕の嫁さんは車の運転免許を持っていない。それが大きな理由ではないが基本的に歩くことが苦にならないというか歩くことが好きだ。付き合っていた頃から高めのヒールでシュッシュッと歩く姿はかっこよかった。結婚してからも一人で買い物に行くときは歩きだ。僕的にちょっと困るのは嫁さんの歩くスピードが速すぎることだ。「うん、いいよ」と約束をした時点で僕は覚悟を決めている。

レストランでは嫁さんは「アボカドとチキンのベーグルサンド」とミネラルウォーター、僕は「ラザニアとフレッシュサラダのセット」にホットコーヒーをオーダーした。僕たちが運よく窓際の席に着くと、注文した商品が届く前にすぐに満席になった。
「よかったね、もう席埋まって待っている人居るわ」
「ほんとだ、早く出てきてよかったなぁ」
「今日、ついてるかも」嫁さんがニマニマしている。ベーグルサンドとラザニアを仲良くシェアすると思ったよりお腹いっぱいになった。
「見た目より多かったなぁ~」
「うん、お腹いっぱいやわ、歩かなアカンわぁ」戦闘モードに入ったようだ。

でも僕には分かっている。今日はきっとお目当てのバッグがあったとしてもきっと買わないはずだ。何故かというと他にもほしいものがあるからだ。別にその二つのものを買えないわけでは決してない。余裕はあるわけではないが全然、買えないわけではないのだけれど嫁さんの欲しいものを買うときの信条みたいなものがあるらしい。その信条が嫁さんの購買意欲と購買判断にどのように作用しているかは分からない。でも僕の直感で今日は買わないだろなとそんな気がしていた。

お目当てのブランドが置いてあるショップに行く前にちょこちょこと洋服のショップを梯子して歩く。僕は後ろからニコニコしながらついて歩く。
「あぁこれ可愛い」
「こんなん欲しいわぁ」
「めっちゃ可愛い」
「これいいわぁ」
「可愛いぃ」のオンパレードだ。そもそも可愛いという言葉がここまで大きな対象物をカバーしているのかと少し僕自身の日本語の解釈を変えなければ行けないくらいに「可愛い」を連発している。春物の服は人をウキウキさせてくれるようだ。
そうしていよいよお目当てのバッグのブランドショップについた。静かに中に入って遠目にバッグがディスプレイされている棚へ視線を向ける。
「あった!」小さくつぶやくと一直線に歩き出した。少し間を置いて後ろからついていく。
「見せてもらってもいいですか?」店員さんが品のいい笑顔で白い手袋で棚の上に置かれているお目当てのバッグ見せてくれた。肩にかけてみる。店員さんがあちらどうぞと壁いっぱいに背の高い鏡のほうを促してくれた。
「どう?」鏡に映った嫁さんの口が動いた。
「いいんちゃう?」
体をよじりながらいろんな角度から自分とバッグを見る。そして肩からバッグの下すと
「ちょっと考えますね」そう言って店員さんへバッグを差し出した。
「ちょっと考えるわ」ニコニコしている。
僕たちは付き合っている頃からこうして一緒にウィンドウショッピングを楽しんできた。今もこうして一緒に楽しんでいる。嫁さんは決して自分からおねだりすることは決してしない。いいよいいよ、また今度と言ってばかりだ。もう少しだけ待っててなと心で強く思うのだ。

ストレッチ

朝晩の涙ぐましい努力に頭が下がる

「お帰りぃ♫」
明るい声が返ってきた。
あれ、機嫌よさそうだなと思いつつ
「ただいま」2回目の帰宅の会話をキッチンの中で夕食の支度をしている嫁さんの方へ投げると、同じように2回目の「お帰り♬」を返してくれた。間違いないきっと何かいい事があったんだ。僕は確信した。
奥の部屋で部屋着に着替えてリビングにもどるとテーブルには肉厚で皮の端っこが焦げた銀鱈の西京焼きが品良く並べられていた。思わず
「おっ西京焼きかぁ 美味しそうだなぁ」
「でしょう」の後に「ムフフ」と嫁さんが自慢げに口を鳴らすのが聞こえたような気がした。だが、僕にその「ムフフ」と思わせた原因が実は西京焼きではないことは二人で食事を始めて少しして聞かされた。
「美味しいなぁ」
「うん、ビールよりご飯に合うね」嫁さんも小さく頬張っている。
「今日ね、マキちゃんとランチして来てん」
「あぁそう言ってたね、マキちゃん元気だった?」いつもならいつ誰と会うという予定を僕が覚えていないだけで少し不機嫌になるのに今日はそのことには素通りだ。
「うん、元気だったよ」
「そっか」僕が西京焼きとアツアツのご飯を頬張ってると、嫁さんは西京焼きに箸を伸ばしながら言った。
「んでなぁ マキちゃんになぁ『ちょっと痩せたんちゃう』って言われてん」
そうか、さっきのムフフと言ったように思えた理由は美味しい西京焼きが理由ではなくてストレッチの効果を認められたことから来たムフフだったんだ。僕は少しでもわざとらしくならないように箸をとめて
「よかったやん」
「うん」機嫌がいい理由が明確に理解できた。

嫁さんは毎日、朝と晩に40分程度のストレッチを続けている。トゥルゥーワイヤレスを片耳だけにつけてスマホでYOU TUBEを観ながら「ふぅふぅ」と複式呼吸を意識しながら体を捩り続けている。健気な努力が認められた瞬間だったのだろう。確かに後ろ姿がシュッとしたなと思っていたところだった。
「あんたは何も言ってくれへんからなぁ」口の悪い嫌味も今日は何故か朗らかだ。
「いやいや、最近シュッとしたなって思っててんで」
「嘘つけぇ」
やっぱり西京焼きにはビールやお酒じゃなくてアツアツのご飯が僕は好きだ。きっと嫁さんもそう思っているに違いない。

土曜日のお昼は焼きそば

桜エビと天かす、ビールも忘れずにね!

「ホットプレート出してくれる?」キッチンの奥で材料を準備している嫁さんがタイミングを見計らって声をかけてきた。
「はいよぉ」僕は思いっきり気を利かせてリビングのテーブルいっぱいに新聞紙を広げてホットプレートを準備する。と同時にリビングにつながっている寝室やクローゼットのドアが閉まっていることを再確認して窓を全開にした。
「スイッチ入れといてもいいかな?」キッチンを覗き込みながら聞くと
「もうちょっと待ってて」言われたとおりにホットプレートのスイッチをオフにしたまま嫁さんを待つ。

関西は粉もん文化だ。たこ焼きとお好み焼き、それから焼きそばはその家々オリジナルの味があるんだと結婚する前に聞かされたことがる。今僕の家にあるたこ焼き器は3代目だ。初代のそれは分厚い鉄板に丸く半分だけ凹んだ穴が12個あいててコンロの上に乗せて使うタイプで1番の基本型とのことだった。2代目は使い勝手を見込んで電気のタイプにしたのだが嫁さんの「やっぱ直火だな」の一言でガスボンベと一体型になっている24個焼きの上級モデルを今は使っている。なかなかの優れものでとても気に入っている。

嫁さんに言わせるとお好み焼きと焼きそばはセットなのだそうだ。最初にお好み焼きを家族みんなでテーブルに置いたホットプレートでわいわい言いながら食べた後に残った具材で焼きそばで締めるのだそうだ。「はぁ〜?基本やでッ」だそうだ。
「子供のころお父ちゃんが仕切ってよく焼いてくれたなぁ」3姉妹の嫁さんにはお父ちゃんがよくオマケしてくれたと懐かしそうに話してくれのを覚えている。

「おっけーッ、スイッチいれていいでぇ」
「はいよ」薄くオイルをひいてホットプレートに熱が行き渡るのを待つ。嫁さんに言わせるとお好み焼きと焼きそばのセットはディナーなのだそうだ。昼間のランチにはお好み焼きは付かず焼きそばのみなのだそうだ。大きめのお盆に乗り切れないほどの食材と調味料を重ねてキッチンから嫁さんが出てきた。ここからは余計なサポートは一切不要だ。子供の頃にお父ちゃんから教えてもらったのか?それとも見て盗んだ味付けを嫁さん自身でアレンジしたのか定かではないが、僕が口出しすると口悪く
「黙ってみとれ」と言われるのがオチだ。冷蔵庫から冷えたビールを持ち出してきて出来上がりを待つことにする。

豚肉を炒めてもやしにキャベツ、タイミングを見計らって桜エビや魚粉それに白コショウと続く最後の決めはとんかつソースとウースターソースの配合らしい。最後に青のりも必須だ。ホットプレートの表面を傷つけない自慢のシリコンのヘラを両手にもって黙々と手早く麺を返していく。
「いいなぁビール飲みながら見てるだけで」と言いながら笑っている。
「オッケー」嫁さんが自慢のシリコンのヘラで僕の前に置いてある大きめのお皿に盛り付けてくれた。そして自分のお皿にも盛り付けてお昼の焼きそばの完成だ。
「よっしゃ〜」エプロンを脱いで嫁さんが椅子に座る。
「頂きまぁ〜す」二人で声を揃えて感謝する。
「ほふ、ほふ、ふぅまひなぁ〜」
「うん、まぁおっけやな」嫁さんは自分が仕上げた味に納得して頷いた。僕は焼きそばを一口二口頬張るとビールを流し込む。程よく濃いソースの味を切れた炭酸が喉の中で追いかけていく。
「うっまぁ〜」生き返る。そして焼きそばの麺の影から覗いていた白いキャベツの芯の切れ端を箸でつまんで横の嫁さんのお皿にちょこんと置いた。
「んもぉ〜これくらい食えよ」そう言いながら嫁さんは僕が置いたキャベツに芯を自分の口に放り込んで笑った。僕は焼きそばに入っている異様にでかくカットされたキャベツの芯が苦手だ。

嫁さんは3姉妹の末っ子

嫁さんのお母ちゃんは僕とよく似たマイペース

「子供ができても私が一番やからな」
「うん」
そう約束して僕たちは結婚した。その約束が守られているかどうか聞いて確かめてみることはしない。でも最近、出張先で飲んで寝る前なんかにふと反省することがある。僕は嫁さんを大切にしているかなと・・・

「こっちの部屋ちゃんと掃除機かけてくれた?」買い物から帰ってきた嫁さんが奥の部屋から声がする。
「かけたよ」そう返事をすると静かになった。暫くして部屋から出てくると
「髪の毛とか落ちてたで、どこに目つけてるんよ?」そう言いながらハンディ掃除機をもってまた部屋に戻っていった。ビューンと勢いよくファンが回る音が聞こえる。
「んとに、もう、ほんま役にたたへんなぁ」ひとしきり文句を言ってリビングのテーブルに置きっぱなしにしておいた買ってきたばかりの食材をキッチンの冷蔵庫にしまい始めた。
「気を聞かせてなおしといとけよ、役にたたへんなほんまにッ!」
「あんたほんまうちのお母ちゃんと一緒やわ」
「あはは」妙に腑に落ちる一言だと思った。嫁さんは3人姉妹の末っ子だ。一番上のお姉ちゃんは近所に住んでいることもあってたまに遊びに来てくれたりする。ハキハキとしてさすが長女という印象の人だ。2番目のお姉ちゃんは少し遠くて住んでいるのは隣りの県だ。すごく可愛い感じのひとで若い頃はめっちゃモテていたと聞いたことがある。その3姉妹のお母ちゃんは小柄でとってもおっとりした人だ。決して人の前にることなく後ろで静かに笑っている。ずっと前にそのお母ちゃんからこっそり言われたことがある。
「あの子、口が悪いやろぉ〜」当然、末っ子の僕の嫁さんのことだ。
「あはは、大丈夫ですよ」
「なんでも思ったことをそのまま口にだすさかいに」本当に心配している様子で言った。
「はい、わかってますよ。大丈夫ですよ。」僕はそう言って笑った。
「ごめんなぁ〜でもあの子は悪気はないんよ」
「ほんま思ったことを思ったとおりに口に出すさかい」
『許してやってなぁ』と言わんばかりに小さなお母ちゃんは僕に頭をさげていた。
「はい」僕がそう返事をするとお母ちゃんも少し笑ってくれた。

キッチンから台拭きがリビングのテーブルに飛んできた。
「ぼーっとせんと拭いときやッ」今日の晩ごはんは何かなぁ〜 🙂

週末の夕食にはビールを添えて

350mmじゃなくて、500mmです 🙂

会社から自宅までは徒歩と電車を乗り継いで1時間10分ほどかかる。接待などの予定がない日は必ず会社を出る時には「会社出たよ」とラインをいれるようにしている。嫁さんはそのラインを合図に夕方からしかかっていた夕食の出来上がりを僕の帰り時間から逆算して仕上げに取り掛かるのだろう。毎回、僕が家につく頃にはダイニングテーブルの上に可愛く配置されている。

基本的に僕は週末しかアルコールを口にしない。と、偉そうに書いたが実は以前は毎夕食の度に飲んでいた。週末には昼のビールも当たり前だった。僕は飲む時は白米は食べない。必然的に夕食のおかずはちょっとした塩分が多めのアテ系のものが多く並ぶことになる。その頃は嫁さんも付き合いで飲んでくれていた。調子がいいと1本では足りずに頬を赤くしてニコッとしながら2本目に手を伸ばすことも度々だった。そんな夢のような日常は長くは続かない。ある日突然、嫁さん言った。
「平日飲むのやめるわ」
「えッ?」あえて理由は聞かない。聞かずともそう決意させた理由はすぐ納得できた。太ったからだ。確かに顔がぷっくりしてきたようだった。それでも僕は暫くの間、飲むことをやめたりしなかった。嫁さんも何も言わなかったし僕が飲み続けていることに対して特に気にすることなく楽しい夕食ではあった。ただ、嫁さんが飲んでない側で飲み続けていても楽しくないことに気付かされた。そう感じ始めて暫くして僕もウィークデーの夕食時に飲むことをやめた。愛だと思っている。でも、嫁さんが寝静まってから何度か飲んだことはある。

「あぁ〜お腹すいたわ」
「これ、美味いなぁ〜 何?」
「前にも作ったけど」
「えっそうだっけ?」冷や汗をかきながら言うと嫁さんは持っていた箸をおいて
「ほんま、つくり甲斐ないわ」
「あはは」汗・汗・汗 そんな会話も何度となく繰り返されるのだ。
「この出汁、美味しいわぁ」褒めることは大切だ。
「美味しいやろぉ」
「昆布?」
「ぶー」そんな会話も楽しい。嫁さんは隠し味に使われている食材を当てらると嬉しそうだし、当たらなくても嬉しそうにしている。こんな会話をしながら夕食を食べている時間をとても幸せだと思う。嫁さんが作るおかずのなかで大好きなのは「だし巻き卵」です。

そして週末、ラインの合図を送信してきっちり1時間と10分当然、
「ただいまぁ」リビングに行くと当然、白米はテーブルには並んでいない。
「おっブリカマ?」
「うん、今日安売りしててん」めちゃ機嫌がいい。スーツを脱いで部屋着に着替えてテーブルに着いてビールの缶の蓋を開ける。嫁さんの分の蓋を開けるのは僕の勤めだ。
「かんぱーい」僕は缶から直接飲むが嫁さんはグラスについて飲む。アルミ缶特有の匂いが好きじゃないらしい。
「このカマ、美味いなぁ」
「うん」ビールもすすむ。断っておくが350mmじゃなくて500mmだ。
「どうしようなか」嫁さんが空になった一本目の缶を小さく振りながら言う。
「飲めば?」すでに僕は2本目も半分を過ぎている。
「一本は飲まれへんわぁ」ちょっと可愛く言う。昔でいうぶりっ子というやつだ。
「いいよ、飲めなかったら俺が飲むわ」
「うん」そう言われて冷蔵庫に取りに行くのは当然、僕だ。そして嫁さんが飲めないと宣言した分を飲むのだ。

そしてトイレにたって戻ってきた嫁さんはテーブルにはつかずソファーにどっしりと座り込む。ほんのりと赤くなって顔でリモコンでテレビを操作して番組を観ているうちに静かに寝入っていまうのだ。食器やキッチンの後片付けは僕の勤めだ。こうして週末の金曜日の夜が更けていくのだ。

用意周到の嫁さんと

行き当たりばったりの僕

スーパーの調味料のコーナーを見渡しながら嫁さんがぶつぶつと念仏でも唱えているように何かを言っている。
「どしたん?」
「ラー油ってあったっけ?」
「あったと思うで」そう僕が答えると、
「あんたの言うことは当てにならんからな、買っとくわ」
「・・・」
「だっていっつもそうやろ、ちょっとしか残ってないのにあるって言うやろッ!」
「あるから」僕のせこさと言うか貧乏性を咎められてつい不機嫌に返事をすると
「ほんま、ケチくさいねんから」嫁さんはそう言うと次の補充品を探してツカツカと陳列棚の奥の方へと歩いていった。後ろから少し間をあけてついていく
「あぁマヨネーズあったっけな?」また念仏を唱えている。でも聞かれていないので僕は何も答えない。すると
「あっやっぱいいわ、あっちで買うわ」よそのお店の方が安く売っていることを思い出したようだ。

どちらかと言うと僕は行き当たりばったりのその場凌ぎのタイプで何か問題が起こらないと行動しない。問題が起こる前からそうなったらどうしようとか起こってもいない事柄を事前に心配するようなことは一切しない。でも嫁さんは真逆だ。なんでも事前にきちんと調べてその事象に対してきちんと準備をして望むタイプだ。町内会の役員決めの前などでは「選ばれたら絶対嫌やわ、会合いくのやめようかな」とか必死に祈っている。そういう性格だからなのかトイレットペーパー、ティッシュなどの日用品の消耗品から始まって胡椒やラー油などの調味料までいざ使うという段になって「あー無いッ」とかいう事態に陥ったことは一切ない。大したもんだ。二人とも福岡に住んでいたこともあって水炊きが大好きだ。ポン酢は「朝日ポン酢」と決まっている。常に2本の予備がある。

話は変わるが僕は嫁さんのオナラを聞いたことがない。結婚する前は当然だけれども結婚して一緒の家で暮らしているにも関わらずである。生理現象だしどうしているのか不思議でならない。だいぶ前に直接聞いたことがある。
「あのさぁなんで屁しないの?」突然の質問で少し驚いたようだった。
「えッ?」
「一回も聞いたことないんだけど」
「だって恥ずかしいやろ」少しだけ顔が赤くなったような気がした。
「ふぅ〜ん、そっか」
「あんたと違うねん」恥ずかしさを打ち消すようにわざときつく言い返してきた。

僕はリビングのソファーでこっそりスカしたりすることがある。嫁さんはテーブルの椅子で座っている。この距離なら大丈夫だ。そう自信を持ってスカす。しばらくすると
「臭いッ、屁したやろッ」
「エッ」
「もぉほんまデリカシーのない奴やな、結婚せんかったらよかったわ、もぉ」
オナラで離婚されることはまずないだろう。たぶん・・・


一撃必殺

ご臨終です!

「ちょっと、来てぇーッ」リビングでくつろいでいると夕飯の支度をしている嫁さんがキッチンから金切声で叫んだ。
「はよッーはよーッ」
「何してんのよ、早くーッ」パニックに陥ってヒステリックな金切声のトーンが最高潮に高まっている。でも、僕は慌てない。
「きっとあれだ」そう確信してキッチに行くと形相を変えて固まっている嫁さんが指差す先に体長5ミリ程度の小さな物体が少し動いては静止する行動を見せていた。
『やっぱりだ』
「はよぉーつぶしてよッ」
「何してんのよ、はよぉー」ティッシュを手に息を止めて静かに静かに近づいく。動きを悟られるとこっちの負けだ。取り逃した後の嫁さんの僕に対する罵声は何度も過去に経験している。ましてや今夜の夕食がほぼほぼ出来上がっているこの状況でそれは避けたい。
「エイッ」撃墜したはずだ。
「とった?」心配そうに嫁さんが聞いてくる。ティッシュの中に可哀相にまるまった5ミリ程の黒い物体が見えた。
「こいつ今朝みたやつと違うわ」嫁さんは僕が出勤したあとに同じようにキッチンで敵に遭遇していたらしい。
「朝みたのはもっと大きかったもん」そう言って見せる嫁さんの親指と人差し指の間はやはり同じ5ミリ程度の幅が空いていた。
「やっぱりこいつ朝みかけたやつと違うわ」
「もぉ嫌やわぁ〜一匹見かけると50匹は居るっていうで〜最悪やわ」
『取り逃さなくてよかった』僕は安堵した。

それにしてもこの小さな黒いやつに限らず、蚊よりも小さい飛ぶ虫たちにどうしてこうも過激な反応をしめすのだろう?見つけると一瞬でスイッチが入る。慣れっこの僕は慌てない。とにかく確実に仕留めることを考える。僕のうちの家具の隙間や角にはかなり多くのこれらの虫取りの仕掛けが置いてある。でもその周辺で死骸は見たことがない。1匹見つけたら50匹いるという説は本当なのだろうか?



これが僕の嫁さんの強さなのかぁ〜

あの人のこと好きじゃないって言ってたのに

見たいものがあると昨夜言われて二人で出かけることになった。10分少しの駅までの道のりをいつものように手を繋いであるいていた。
「何? 見たいものって」そう僕が聞くと、ほんの少し間をおいて僕の顔を見上げながら
「ふふ」嫁さんの身長は154センチ、僕は178センチある。僕が好きになり始めた頃の嫁さんはハイヒールを履いていることが多かった。7〜8センチ程度はあったと思う。そのハイヒールをキチンと膝を曲げずにシュッシュッと歩く姿は本当に綺麗だなと思って見ていた。今はスニーカーだ。
「何だよぉ」と聞き直しても小さく笑うだけで説明してくれない。そんなたわいもない会話がとても気持ちいい。

朝を僕を送り出して部屋のなかを隅々まで掃除してくれて、飾りだなにはかわいい小物も趣味よく並べてくれて雰囲気を作ってくれている。そんな嫁さんが前にポツンと言ったことがある。
「今日も誰とも話しせんかったわ」一日中うちに居てテレビやスマホも観たり眺めたりしていても会話はできない。僕は改めて気付かされた。夜、仕事を終わって帰ってきた時に頭の中がまだ残業モードで嫁さんの話しかけにまともに返事をしないこともあった。それに気づいていたかどうかは確信はないが、帰ってきたらこれを聞いてもらおうと思いながら夕食の準備をして、いざ話そうと思った時に僕の顔をみてその半分も話せていなかったのかもしれない。僕はスマホでもラインのやり取りやこんな駅までの小さな会話をしっかりと第一優先で聞こうと思い直したのだった。

結局、嫁さんは僕にその見たいものの正体を説明することなく、でも楽しそうに歩いている。すると僕たちが進む前方から見覚えのある女性が自転車に乗って向かってくるのが見えた。遠くからでも僕ら二人に妙に笑顔を振りまいているのがわかる。そして僕たちの斜め前方にブレーキを鳴らして停まると
「いつも仲良しでいいわねぇ」オホホとばかりに声をかけてきた。僕はチョコンと頭をさげて挨拶した。嫁さんは負けじと短い会話を盛り上げていた。その間、僕は3、4前に進んだところで話す二人に背を向けて嫁さんが来るのを待っていた。そうだ、思い出した。「あいつ、人の噂を言いふらして回るおしゃべりで嫌なやつやねん」嫁さんが前にそう言っていた。思い出したとたん、気になった振り返ると嫁さんが笑顔で
「じゃまたぁ」と頭を下げているところだった。そして僕に追いついてごめんごめんと言いながら手を握り直してきた。
「あの人、嫌な奴なんじゃないの?」
「えっ?」
「前に言ってたよなぁ〜嫌な奴やねんって」
「うん、せやで」
「なんであんなに笑顔で話し出来るん?」
「はぁ」
「だって嫌な奴ならそっけなくしときゃいいんじゃないの?」
「はぁ〜それがアカンねん」
「えぇ」
「嫌いな奴でも、あぁやって適当に話し合わせて笑っときゃええねんって」
「そうかぁ」僕は少し納得した
「あんたはすぐに顔にでるからなぁ〜自分が嫌いな人が話しかけてきたりすると、テキメンに分かるわ」
「うん」
「嫌いな奴でも顔では笑っときゃええねんって」
僕の嫁さんは本当に強いなぁと思ったのだった。

余談ですが、極はIPAビールが大好きで中でもこのBROOKLYN IPAが大好きなんです。