バスルームから悲鳴が!
それは突然の出来事だった。突然ではあるが別に珍しいことではない。二人で仲良く夕飯を食べ終えて僕はソファー、嫁さんは片づけついでにテーブルに腰掛けながら一緒にテレビを観ていた。9時54分、ひと段落すると
「先にシャワーいい?」基本的にお風呂といってもシャワーだけですませることが多いのだけれど嫁さんはいつも僕よりも先にお風呂に入るときには必ずそう聞いてくれる。少し古い気質をもっている奥ゆかしいところもあるのだ。が、僕が先に入るのはめったに無い。理由は後から入るものの義務として浴槽の掃除が待っているからだ。僕は決してその重責から逃れるため先に入るとは言わないし、嫁さんも決して重責から逃れるために先に入る訳じゃないわよといった雰囲気は醸し出したりはしない。本音は一度も聞いたことはない。
「うん」とだけ短く答えて短いニュースを耳で聞きながらスマホを見ていると、浴室のほうから叫び声が聞こえた。
「ギャーッ、んもぉ~ッ」最初に書いたようにこの叫び声は別に珍しい訳ではない。しかもワザと僕に聞こえるように言っているのだ。そりゃ初めて聞いたときは浴室の前まで飛んでいって、ドア越しに
『どうした?大丈夫か?』と心配もしたものだ。
『あはは、またか』僕はスマホから目を離すことなくその絶叫を聞き流すのだった。
「ちょっとぉ~」頭にバスタオルをターバンみたいに巻いてリビングに入ってきた嫁さんはシャワーだけのはずなのに湯上り時のように赤い顔をしている。
「また、シャワーの蛇口、戻してなかったやんかッ」
「あっそっか、ごめんごめん」少し笑いながら答えると
「ごめんごめんちゃううやろッ んもぉ」
「ごめんぉ~」ニマニマしながら僕が答えると
「次に使うひとのこと考えろっていつも言うてるやろ、外でも家でも一緒やで」
僕があまり真剣に相手にしていないことをあまりよく思っていないようだ。頭に巻いたターバンをほどきながらなにやらブツブツ言っている。
「あのさぁ」僕が切り出すと
「何よッ?」突っかかってきた。
「なんで、水を出す前にシャワーヘッドを持たないの?」
「はッ?」
「シャワーヘッドを持ってから水を出せばいいやろ」
「それは・・・最初に水を出したいの、どっちだっていいやろ」理詰めに窮したようで濡れた髪を前に垂らしてターバンでバンバンとぬぐいだした。それでも言い負けするのが悔しいのか
「後から使う人の事考えてないって事やっ」よっぽど悔しいのだろう。それもそのはずだ、水を出す前にシャワーヘッドを持つように言ったのは今回が初めてじゃない。
11時も回ってNHKで何やら夫婦の特集が流れていた。嫁さんがドライヤーを止めて言った。
「私もこんな人と結婚すればよかったわ」そう言うとすぐにドライヤーのスイッチを入れて乾かし始めた。決して僕のほうは見ていない。嫌味で言っているのは分かっている。可愛いものだ。
もし同じ言葉を僕が言ったらどうなるんだろう。想像しただけで怖くなる。