一撃必殺

ご臨終です!

「ちょっと、来てぇーッ」リビングでくつろいでいると夕飯の支度をしている嫁さんがキッチンから金切声で叫んだ。
「はよッーはよーッ」
「何してんのよ、早くーッ」パニックに陥ってヒステリックな金切声のトーンが最高潮に高まっている。でも、僕は慌てない。
「きっとあれだ」そう確信してキッチに行くと形相を変えて固まっている嫁さんが指差す先に体長5ミリ程度の小さな物体が少し動いては静止する行動を見せていた。
『やっぱりだ』
「はよぉーつぶしてよッ」
「何してんのよ、はよぉー」ティッシュを手に息を止めて静かに静かに近づいく。動きを悟られるとこっちの負けだ。取り逃した後の嫁さんの僕に対する罵声は何度も過去に経験している。ましてや今夜の夕食がほぼほぼ出来上がっているこの状況でそれは避けたい。
「エイッ」撃墜したはずだ。
「とった?」心配そうに嫁さんが聞いてくる。ティッシュの中に可哀相にまるまった5ミリ程の黒い物体が見えた。
「こいつ今朝みたやつと違うわ」嫁さんは僕が出勤したあとに同じようにキッチンで敵に遭遇していたらしい。
「朝みたのはもっと大きかったもん」そう言って見せる嫁さんの親指と人差し指の間はやはり同じ5ミリ程度の幅が空いていた。
「やっぱりこいつ朝みかけたやつと違うわ」
「もぉ嫌やわぁ〜一匹見かけると50匹は居るっていうで〜最悪やわ」
『取り逃さなくてよかった』僕は安堵した。

それにしてもこの小さな黒いやつに限らず、蚊よりも小さい飛ぶ虫たちにどうしてこうも過激な反応をしめすのだろう?見つけると一瞬でスイッチが入る。慣れっこの僕は慌てない。とにかく確実に仕留めることを考える。僕のうちの家具の隙間や角にはかなり多くのこれらの虫取りの仕掛けが置いてある。でもその周辺で死骸は見たことがない。1匹見つけたら50匹いるという説は本当なのだろうか?



これが僕の嫁さんの強さなのかぁ〜

あの人のこと好きじゃないって言ってたのに

見たいものがあると昨夜言われて二人で出かけることになった。10分少しの駅までの道のりをいつものように手を繋いであるいていた。
「何? 見たいものって」そう僕が聞くと、ほんの少し間をおいて僕の顔を見上げながら
「ふふ」嫁さんの身長は154センチ、僕は178センチある。僕が好きになり始めた頃の嫁さんはハイヒールを履いていることが多かった。7〜8センチ程度はあったと思う。そのハイヒールをキチンと膝を曲げずにシュッシュッと歩く姿は本当に綺麗だなと思って見ていた。今はスニーカーだ。
「何だよぉ」と聞き直しても小さく笑うだけで説明してくれない。そんなたわいもない会話がとても気持ちいい。

朝を僕を送り出して部屋のなかを隅々まで掃除してくれて、飾りだなにはかわいい小物も趣味よく並べてくれて雰囲気を作ってくれている。そんな嫁さんが前にポツンと言ったことがある。
「今日も誰とも話しせんかったわ」一日中うちに居てテレビやスマホも観たり眺めたりしていても会話はできない。僕は改めて気付かされた。夜、仕事を終わって帰ってきた時に頭の中がまだ残業モードで嫁さんの話しかけにまともに返事をしないこともあった。それに気づいていたかどうかは確信はないが、帰ってきたらこれを聞いてもらおうと思いながら夕食の準備をして、いざ話そうと思った時に僕の顔をみてその半分も話せていなかったのかもしれない。僕はスマホでもラインのやり取りやこんな駅までの小さな会話をしっかりと第一優先で聞こうと思い直したのだった。

結局、嫁さんは僕にその見たいものの正体を説明することなく、でも楽しそうに歩いている。すると僕たちが進む前方から見覚えのある女性が自転車に乗って向かってくるのが見えた。遠くからでも僕ら二人に妙に笑顔を振りまいているのがわかる。そして僕たちの斜め前方にブレーキを鳴らして停まると
「いつも仲良しでいいわねぇ」オホホとばかりに声をかけてきた。僕はチョコンと頭をさげて挨拶した。嫁さんは負けじと短い会話を盛り上げていた。その間、僕は3、4前に進んだところで話す二人に背を向けて嫁さんが来るのを待っていた。そうだ、思い出した。「あいつ、人の噂を言いふらして回るおしゃべりで嫌なやつやねん」嫁さんが前にそう言っていた。思い出したとたん、気になった振り返ると嫁さんが笑顔で
「じゃまたぁ」と頭を下げているところだった。そして僕に追いついてごめんごめんと言いながら手を握り直してきた。
「あの人、嫌な奴なんじゃないの?」
「えっ?」
「前に言ってたよなぁ〜嫌な奴やねんって」
「うん、せやで」
「なんであんなに笑顔で話し出来るん?」
「はぁ」
「だって嫌な奴ならそっけなくしときゃいいんじゃないの?」
「はぁ〜それがアカンねん」
「えぇ」
「嫌いな奴でも、あぁやって適当に話し合わせて笑っときゃええねんって」
「そうかぁ」僕は少し納得した
「あんたはすぐに顔にでるからなぁ〜自分が嫌いな人が話しかけてきたりすると、テキメンに分かるわ」
「うん」
「嫌いな奴でも顔では笑っときゃええねんって」
僕の嫁さんは本当に強いなぁと思ったのだった。

余談ですが、極はIPAビールが大好きで中でもこのBROOKLYN IPAが大好きなんです。


Diesel

洋服くらい若者らしくしてないと相手にされなくなるよ!

前にも書いたと思うが僕の服装はほとんど全部が嫁さんの見立てだ。結婚する前の付き合っている時のことだから10年以上も前のことだ。その頃の僕は今とは大きく違っていた。痩せていた。身長は178センチ、体重は80キロはなかったと思う。二人で一緒に買い物していた時のことだ。話の流れから僕のジーパンを買うことになった。その頃の僕は「Levis」の501こそがジーパンの中の最高峰という認識しかなかった。ましてやジーパンのことを「デニム」と称することなど恥ずかしくで口に出したりできない変な硬派な奴だった。現にいっちょらの履き慣れて色がいい具合に薄くなり始めている Levisの501さえ履いていればそれなりにカッコよく見られているんだろうくらいの自信は持っていた。
「これどう?」嫁さんが手に取って僕に差し出してくれてのがDieselのフレアジーンズだった。
「ウエストは合う?履いてみたら?」
「うん」僕は促されるままに選んでもらったサイズとひとう上のサイズを持って試着室に入った。メンズのフレアジーンズは今のレディーズと違ってローサイズの腰で履くデザインだった。試着室の中で値札を見て驚いた。確か2万円を優に超えていたと思う。そんな驚いた様子を悟られないように心を落ち着けるには試着室は適している。そして何食わぬ顔で小さなカーテンを開けて外にでて聞いた
「どう?」
「うん、いいと思うけど」自信を持って勧めた結果が予想以上に似合っていたんだろう。それもそのはずだ。僕はさっきも書いたけど当時は痩せていたしそれまで買ったジーパンの裾は切ることなく履けていた。既製品のウエストと股下のバランスが仕立てたみたいにジャストフィットする体型だった。
「じゃ買おうかな」値段のことは少し引っかかってはいたが「せこい」と思われるのが憚られて買ったのを今でも覚えている。イアリアのブランドだということも同時に教えてもらった。

その頃から嫁さんが僕に常々言ってくれていた事がある。
「あのね、せめて服装くらい若者に流行っているものを着てないとダメよ」
「あんたはいつも態度が大きいから若い人が話しづらいんだって」
「だから服装くらい若者らしい格好しとかないと話してくれないんだから」
「いつも目線を下げて若い人たちと話しとかないと老けるから」
「だから若い格好しときよ」Dieselの値段が高いことは百も承知だったのだろう。でもその頃から僕の嫁さんは僕のことを思ってくれていたのだ。その時初めて買った Dieselのフレアジーンズは今も大切にタンスにしまってある。
でも、もうウエストが入らない。



下手な褒め言葉は不幸を招く

その一言が命取り

その日、僕は嫁さんと会社帰りに待ち合わせていた。事前に夕方から会議の予定があること、さらにその会議は長引く可能性があるのでレストランは会ってから入れそうなところにしようと予め嫁さんと申し合わせていた。待ち合わせの6時半という若者にとっては夕食が混み合い始める時間であることは十分に想像はできていたのだが、週初めの月曜日という状況がいきあたりばったりの中年に少し足をかけた夫婦にはきっとテーブルを提供してくれるだろう幸運に賭けたのだった。

案の定、月曜日の夕方のという週初めの会議は堅物の常務の一言で9回裏ツーアウトから延長戦に突入した。僕は思い気持ちのまま5時半の終業を知らせるチャイムがなる丸いスピーカーを恨めしそうに見上げた。『お前はいいなぁ毎日定時で終われるもんな』とアホなことを心の中で呟いてみた。そして事前に会議が長引くかもしれないと待ち合わせ時間に保険をかけていたことに少しだけ安堵した。そして「少し遅れるわ」と机の下で嫁さんにラインを入れた。

常務の一言で延長戦に突入した会議ではあったが他の役員や幹部連中も少し白けムードの様子を呈していた。それもそのはずだこの推し迫った期末の締めのタイミングで売上の数%程度しか占めない製品のましてや来季の予算にはさほど興味を示す幹部はいなかった。そんな会議のムードを察してか延長戦に突入した会議は専務のサヨナラタイムリーで6時前に終わった。

「ごめん、今会社出たよ」
「了解」すぐに返事が来た。
「たぶん、7時少し前に着くわ」
「オッケー」よかった。何とか機嫌は良さそうだ。久しぶりだもんなぁ〜こうして会社帰りに待ち合わせて食事に行くなんて、嫁さんよりも僕のほうがウキウキしてきた。電車を乗り継いで待ち合わせの場所についた。
「今電車降りたよ」地下鉄のエスカレータを上りながらラインを入れた。すぐに既読マークが付いた。返事はなかった。地上にでるとすぐに嫁さんが小さく手を振って合図するのが見えた。焦らすつもりはないがわざとゆっくりと嫁さんに近づいていく。随分前に何度もこうして待ち合わせしたっけな、そんな記憶が蘇ったきた。
「ごめんなぁ〜遅くなって」
「ううん、大丈夫」笑顔だ。本当によかった。僕は心からそう思った。
「さぁどこ行こうか?」
「ここは?」とスマホを差し出してアプリで探し当てたお目当てのひとつのレストランを示してきた。
「イタリアン?」きっと僕を待つ間にいくつのもコメントをチェックしながら候補を絞ってくれていたんだろう。嫁さんは決して自分の好みを押し付けたりはしてこない。常に僕の嗜好を優先してくれる。そんな時僕は心から感謝するのだ。
「いいね、場所は???近そうだし言ってみるか?」僕はいつものように左手を出して嫁さんの右手を取って歩き出した。ふっくりと柔らかい手の感触が幸せに思えた。常務の一言で延長戦に突入した時の絶望感と今この瞬間の幸せのギャップをあの天井の丸いスピーカーに見せつけたいと思った。
「あれ?髪、色変えた?」僕がそう言って左側の嫁さんを見るやいなや嫁さんが右手を勢いよく振り解いた。
「先週なんやけど」
「はっ?」
「あんたこの週末、気づいてなかったん」嫁さんの目が怒りで燃えている。僕はその日、レストランでアルコールは控えてテーブルウォーターのみにしておいた。

奥様方はサプライズがお好き

嫁さんの期待を裏切り続けてはや何年?

何故、世の女性たちは旦那や彼氏からのサプライズがこうも大好きなんだろうか?僕はことある事に奥様から集中砲火を一身に浴びることになる。最大の難関は奥様の誕生日だと思われそうだが実は誕生日はなかなかサプライズにはなりにくいのだ。答えは単純で誕生日というのはお互いに何かがあると一年の中で一番予測がつきやすい日だからだ。なのでサプライズにはならない。

結婚する前の僕の誕生日のことだった。当時はスマホはなかったが今で言う「ガラケー」でラインみたいなリアルタイムでやり取りができるアプリはあった。当時のカップルたちは携帯キャリアが提供するそれらのコミュニケーションアプリで必死に愛を語り合ったものだ。
「お誕生日おめでとう」嫁さんになる前の彼女からメッセージが届いた。
「ありがとう」すぐに返信する。当然である。今もその気持ちはまったく変わらないが当時は結婚を意識していた時期だし、自分の誠意を示しうる手段でもあった。なにせ僕たちは大阪と福岡という500キロもの遠距離恋愛だったからだ。
「今日は何するん?」
「まわりには誕生日とか言ってないし、夕方軽く○○さんと軽く飲んで帰るつもりだよ」
「そっか、気をつけてね」
「帰ったらまた連絡するね」僕はそれだけで本当に幸せな気持ちになれた。そんな存在だった。断っておくが「存在だった」というのは当時の気持ちを今表しているために過去形で表現しているだけであって今もその気持ちは一切変わらない。誤解を招きかねないので念の為に記しておきたい。はい、念の為。

5時半に仕事を終えた僕は嫁さんに宣言したとおり当時の上司の○○さんと会社を出て近くの居酒屋で本当に軽く飲むことにした。軽くというのには僕なりの訳があった。会社が終わってすぐに家に帰るというのも味気ないし、かと言って上司と一緒に浴びるhど飲むというのも気が引けた。なんたって今日は誕生日だからだ。家に帰ってゆっくりとガラケーのコミュニケーションアプリで嫁さんになる前の彼女と話したいという気持ちがあったからだ。なので「軽く飲む」という選択に辿り着いたのだった。ところがこの「軽く飲む」という選択が後から大きな意味をもつことになるのだった。

会社を出る前に「会社でてこれから軽く飲みに行くわ」とメッセージを入れておいた。「はいよ、気をつけてね」すぐに返事があった。居酒屋では上司の○○さんと仕事の話題と軽いつまみで生ビールを2杯程度のんで小一時間でお開きになった。
「これから帰るわ」メッセージを送ると
「はーい、了解」いつものようにすぐに返事がきた。それから僕はいつものようにバスに乗って家路についた。嫁さんになる彼女は週末には何度も大阪から福岡まで新幹線に乗って遊びにきてくれていた。僕の会社から自宅までのバスの順路はよく知っていたし今僕がどこにいるかを知らせることで安心してくれるだろうと「今、六本松のバス停だよ」などとバスが走る道順をリアルタイムで連絡した。そうメッセージを送るたびに
「はいよ😀」とすぐに返信が届いた。自宅に近いいつものバス停で降りてから家につくまでの間も何度かメッセージを送信した。そして
「ただいまぁ〜」家の鍵を開ける前にメッセージを送って扉を開けると暗いはずの家の中が明るかった。不思議に思いながら上がっていくと部屋の小さなソファに嫁さんになる前の彼女が笑顔で座っていた。
「うわッ」本当に驚いた。嬉しかった!最高のサプライズだった。わざわざ会社を午後半してくれて大阪から福岡まで来てくれたのだった。それもそれとなく僕の今日の予定まで確認して、なんとわざわざカセットコンロと上等のすき焼き用のお肉まで仕入れてきてくれていたのだ。当然、白菜や糸蒟蒻に焼き豆腐も買い込んできてくれていたのだ。ここで『居酒屋で軽く済ませたこと』が意味をもつことになったのだ。僕の誕生日に愛のすき焼きでお腹いっぱいに食べたのだった。これが嫁さんになる前の僕の彼女が僕にしてくれた最高のサプライズだ。
「あんたのサプライズでは全然驚かへんわ」と嫁さんに言われ続ける理由だ。

LINEのビデオ通話で

やっぱり突然すぎるビデオ通話には勇気がいるな

僕は結構な頻度で出張に出かけることがある。国内、海外問わずである。たまに出張先から突然、なんの連絡もせずにLINEのビデオ通話をかけてみることがある。突然の僕からのビデオ通話をきっと驚いて「何ぃ」と少し嬉しそうな嫁さんの嫁さんの顔を思い出しながら『でももしかして???』『いやいやそんなことは100パーセントあり得ない』といった心の葛藤を押し殺してかけてみる。プルルル、プルルル呼び出し音がなる。心の葛藤を押さえながら待っていると
ブチッと音がして呼び出し音が冷たく遮断される。
『アレッ?』一瞬、心の葛藤が深夜の静寂のように静まり返る。
『どうしたんだろ?』当然、通話を拒否されるといった想定は頭の中にはない。嬉しそうな笑顔で「どうしたん」と聞いてくれることしか想定していない訳だから尚更だ。きっと何か、通信回線のせいで落ちたんだなと自分のいいように考えるのが男の性だ。間髪入れずにリトライする。プルルル、プルッ
2回目のコールの途中で遮断!
『あれ?』一瞬、固まっていると、ラインがメッセージの受信を知らせてくる。
「何ッ?』怒りの絵文字がホーム画面の上に浮かび上がる。
『何って?何だろう?』状況が読めないまま
「いや、特に何も・・・」と返信すると
「今、忙しいねん。何もないんならビデオなんかかけてくんな!ボケ」
こんな日は深追いをしては藪蛇だ。返信すらしてはならない。大人しく時間を置くのが鉄則だ。僕の嫁さんはとにかくストレートだし、思ったことは僕に対しては一切妥協がない。当然、僕は奥さんの包み隠さない切れ味鋭い言葉に何度となく瀕死の重傷を負っている。奥さんはきっと、これは僕のあくまでも想像ではあるのだけれど、自分が発した言葉に対していつも反省というかきつかったかなと思い直しているようだ。切れ味が鋭ければ鋭いほど、その傾向はそばにいて感じるとれるのだ。今回のように出張先からの突然のビデオ通話に対して何の説明もなく拒否遮断したあとは尚更だろう。しばらく大人しくしていると全く別の話題のラインが届くのだ。

こんなやり取りをしていると僕はいつも確信することがある。それはこいつの旦那は世界中どこを探して僕しか務まらないだろうなぁという自信だ。昔の人は言うには「人には馬鹿にされていろ」と、その事が心の支えになっている訳ではないが、99%は僕は尻にしかれていればいいと思っている。こいつの旦那は僕しか務まらないと心の底から分かっているからね 🙂

服のセンス

すべてが嫁さん任せである

極々たまにではあるが、女性から「おしゃれですね」と声言われることがある。そうたまにではあるが・・・そんな時、僕はいつも正直に「ありがとうございます。実は全部嫁さんが買ってくれたものを着ているだけなんですよ」すると「あーそうなんですね」内心すこしひっかかりながら笑顔をみせる。だってそうではないか!「あーそうなんですね」という言葉の裏には『なぁ〜んだ、一見おしゃれに見えたけど実の所は奥様の指示通りに着ているだけで特にあんたの趣味やセンスじゃないのね』と言っているのと同じではないのか?そんなうがった見方をしても仕方ない。事実、そうなのだ。

「これなんかどう?」
「うぅ〜ん、なんか好きじゃないな」
「これは?」こんな会話をしながら店内を物色する。結婚する前の僕の服装はというとジーンズにポロシャツといった特に味気も変化もないどこにでも居そうなおっさんだった。でも当時はおっさんとはさほど思ってもいなかったし、自分では「ダサい」とは一切思ってもいなかった。
「前はダッサいカッコしてたのよね」と嫁さんは笑っていた。まず僕が変わったのは色の効いた服を自然に着れるようになった。赤、緑、黄色など絶対に自分では選ばない色や柄物をあえて勧めて着せてくれた。そうすることで自分の満足感を得ているようにも思えた。
試着室で着替えてカーテンを開けて審査員の嫁さんに見てもらう。
「うん、いいんちゃう」満足そうに少し笑いながら嫁さんが言う。
「こっちの色も買っておけば?」そう言って別の色の商品を勧めてくる。
「ちょっと試してみるわ」そうしてまたカーテンを開けて外にでると
「うん、おっけ」まるでファッションショーのデザイナーがモデルの着こなしを再確認しているような感覚なのかもしれない。こんな買い物をしているときはとても楽しい。なにより嫁さんが楽しくしていることが嬉しい。
「着ると着こなすはちゃうねん」嫁さんはそんな事を言う。最近、少し分かってきたような気もするがきっと嫁さんに言わせるとまだまだなんだろうなと思うのである。

なんでそこまで食べたいものが多くあるんだろう?

共通の友人をもつ友人に言われたことがある。記念の品としてプレゼントするんだから何か形として残るものがいいんじゃないか?と・・・実は僕はそのときある食べ物を送る事を提案していたのだった。その僕の提案に対する友人の反応がそれだった。僕は強く反論することもなく彼の意見に同意して、彼にプレゼントの選択権を一任したのだった。が、内心は全くと言っていいほど同意してはいなかった。食べてみて心の底から美味しかったと思えるものは一生忘れないものだというのが僕の考えだ。現に僕が過去に食べたステーキの中で今でも最高に美味しかったと思える福岡の城南区で食べたステーキの味は今でもはっきりと脳みそに刻まれている。食べたもの、美味しかった記憶というのは絶対に忘れないと僕は信じている。その経験があるから本当に美味しいものをプレゼントして、その相手がその味をとっても素敵な記憶として残してくれたらどんなに素敵な贈り物になることか、それは形として残るほうがいいという僕のあまり親しくもない友人には決して受け入れてくれない思いかもしれないが、でも僕はそう信じている。

「あぁこれ食べてみたいわぁ」リビングでテレビが紹介する「お取り寄せ」の紹介番組を観ていた嫁さんが言う。
「え?何?」とっさのことで一瞬、もたついたが、『なぁ〜んだプリンか』などと決心否定的な言葉は発しない。これは自分の中で確固として決めたルールなのだ。決して嫁さんの意見に対して一発目の返事として真っ向から反論しない。結婚して何年目かの夫婦喧嘩のあとに悟った対処術だ。不意をくらった時に使う返事は
「え?何?」が一番妥当だ。するとテレビが紹介するプリンの原材料から始まったタレントのコメントが終わるとすぐに
「あぁ食べてみたい、どこで売ってるんやろ?」お取り寄せだからネットで注文するほうがいいのではないかという提案はせずに
「美味しそうだね」とだけ笑って返す。するといつもの事ではあるのだけれど、僕の不甲斐なさに対して不浄な攻撃が始まるのだ。
「あんたもさぁ、いろいろ出張してんからたまにはこんな美味しいもんとか買ってきてほしいわ」
「あはは」としか返事のしようがない。
「ほんまいっつもアホのひとつ覚えでおんなじものしか買ってこぉーへんよね」いつのまにか美味しいプリンのお取り寄せの話題が理不尽な僕への口撃に変わってしまうのだ。我慢、ガ・マ・ンだ。

それにしても女性というのはどうしてこうも食べてみたいものが次から次へ出てくるのか?テレビはもちろん、SNS上には「映え」と称して未知なる食べ物の品評会のオンパレードだ。それを見て一喜一憂できるのはきっと女性だけの特権なのかもしれないなと嫁さんを見ていて僕は思う。次の出張の時には少し気の利いたお土産でも探してみようと思う。

 罪悪感はありやんす

申し訳ない気持ちでいっぱいなんです。

嫁さんが綺麗好きで掃除好きなことは何度か紹介したと思う。おかげで僕はとってもいい気分で毎日を過ごせているんだと改めて嫁さんに感謝するのだ。
「おはよう」起き抜けの僕がヨタヨタと寝室から出ながら声をかける。
毎朝、僕よりも必ず早く起きてリビングのテーブルで「めざまい8」とかけながらスマホで昨夜、届いた通知をチェックするのが日課だ。
「おはよう」ちらっと僕の方をみて返事を返してくれる。ベランダから見える外の景色と明るさから
「今日も暑いって」教えてくれる。
「そっかぁ〜はぁ」そっけなく返事をしながら洗面台へと向かう。そいて僕は洗面台でいつも思うことがふたつある。
そのひとつは「今、この状況で意識を失って倒れたくないなぁ」ということだ。起きてヨタヨタと歩いてトイレで思う切実な思いだ。あれを出したまま気を失って倒れた姿は大好きな嫁さんには晒したくないものだ。かと言って公共の場、例えば会社とか駅のトイレで同じように考えたりする。嫁さんに見られるだけで済むことと公共の場でそうなることを想像してみる。前者の場合、きっと嫁さんは当然ながら倒れていることにまず第一に驚くことだろう。そして大きな声で僕の名前を叫びながら気づくのだ。
『えっ途中だったの?』
そして後者の場合、そう出先の会社や駅のトイレで、その最中に倒れた場合だ。恐らくではあるが所轄の警察の担当者から突然、嫁さんは電話を受けることになるだろう。そしてスマホから聞こえてくる説明に一瞬「何?」と戸惑うだろう。
「〇〇さんの携帯でしょうか?」
「はい、〇〇です」
「私、◆◆警察書のものですが」
「◆◆警察?」
「はい、突然のご連絡ですみません。」丁寧な説明を受けて取り乱しながらも身支度をして教えられた警察署へ飛び込んで担当者を探してあてて聞くだろう。
「倒れたときチャックは閉まってましたか?」と・・・

もうひとつ思うことは「罪悪感だ」何に対する罪悪感かというとそれはこの洗面台を毎日綺麗な状態に保ち続けている僕の嫁さんとそれから洗面台の排水口からつながる社会に対してである。どういうことかというと、たまにではあるが、そう本当にたまにである。洗顔をして歯磨きをして口を濯いてさっぱりした顔と気持ちになって「よし、今日もいい感じ」と決して声に出したりはしないがいい気持ちになってふと洗面台の配水口を見るとプラスチックの丸いゴミ取りネットに小さなゴミが見える時がある。
「あれ?」と思いながらその小さなプラスチックのゴミ取りネットを手に取って見てみると何やら判別がつかないヌルヌルしてそうな要するに小さな「ゴミ」であることを理解する。そして持ち上げたその小さなプラスチックのゴミ取りネットの外側にも何本かの長い髪の毛がくっついていることにも気がつくのだ。明らかに僕のそれよりも長いその髪の毛の主が僕の嫁さんの物であることはすぐに認識する。問題はその後だ。僕は先ほども書いたようにこの配水口の先に繋がっている社会の全ての方々に申し訳ない気持ちをいっぱいにして
「ごめんね」と心で小さく言いながらそのヌルヌルしたゴミと絡まった髪の毛をジャージャーと水を流しながらそのプラスチックの丸いゴミ取りネットを綺麗に洗い上げるのだ。当然ながら勢いよく流れる水と一緒にヌルヌルしたゴミと髪の毛は配水口を一瞬で滑り落ちて大海へ続く配水管へと流れていくのだ。せっかくそんなゴミを流し込まないように置かれた小さなプラスチックのゴミ取りネットがセットされているのにである。罪悪感を実感する。洗面所からリビングに戻ると嫁さんが
「遅かったなぁ〜何してたん?」まさか罪悪感に苛まれて動けなかったと言うわけにはいかないではないか!
「そっかぁ」と一言だけ返して嫁さんが座るリビングの隣の椅子に座る。
「コーヒー?」いつも通りに嫁さんが聞いてくる。
「うん」と僕が返事をしていつもと変わらない一日が始まるのだ。

嫁さんは掃除と片付けが大好き

洗面台に残った汚れでいつもキレている (><)

「こんなんありえへんわぁ〜、信じられへんわぁ〜」片付けられない若い女性の一人暮らしの部屋を訪ねるテレビ番組を観ながら嫁さんがリビングのテーブルでスマホを片手に話しかけてくる。
「こりゃひどいな」僕も思わず返事を返さざるをえないほどテレビに映し出される20代前半だろうか?その女性の部屋の散らかり様は凄まじかった。ギャラが貰えるんだろうが、当然、個人が特定できるような部分にはボカシが入ってはいるがプライベートな部屋の中を、しかも足の踏み場がない散らかり放題の有り様を公共放送のテレビの電波で放映されることになんの躊躇もなくあっけらかんとしているその神経にまず驚かされる。どんなに可愛い服や髪をしていてもきっと彼氏がこの部屋にきたら100年の恋もという古い人間の諺なんかは通用しないんだろうなとも思ったりするのだ。部屋を訪れた今時の彼氏もきっと馴染んでしまうのかもしれない。

昭和生まれの僕の嫁さんは極端というほどではないが掃除と片付けをよくやってくれる。綺麗好きではある。そして一旦、掃除を始めると自分がなっとくするまでやり続けるのだ。日々のそれはさほどでもないのだけれど、日にちを選んでその日に片付けをやると決心したときのそれは当然ながら僕も犠牲にならざるを得ない。ひとりで出かけるなどとお伺いを立てる気配など見せようものなら3年ほど前から溜まったクレームやなんやかんやが吹き出してくる恐れがあるので悟られないように素直に従うしか他にないのだ。

嫁さんはこつこつと片付けと掃除を続ける。洗面台のしたの引き出しに溜め込んだホテルに泊まった時に余計にもらってきたアメニティ類や浴槽の端に綺麗に並べられているシャンプーやリンスの容器の中身まですべて細かくチェックしてスクラップ&ビルドを進めていく。僕は『そんなんとっていても使わんやろ』と思っても決して声に出していうことはない。嫁さんの頭の中にはこれは将来何かの時に使えるという閃きの基準があるようだ。その閃きの基準はどのような内容なのかは僕にはわからない。でもしかし確か何かこんな感じの容器があったらなという時にはその閃きの基準で取り置いていた何かを上手い具合に活用して得意顔(ドヤ顔)になったりするのである。

僕が一番恐れているのは何かというと汚したことに僕自身が気づかずにそれを嫁さんに発見されることだ。僕だって結婚して依頼、嫁さんの綺麗好きと片付け好きに長年付き合ってきたおかげでそれなりに綺麗好きにはなっている。とは言え、所詮は男レベルの”好き”だ。度合いが嫁さんの”好き”とは大きく異なる。それでも朝、洗面台で歯磨きをして洗顔したあとは周りに飛び散った水滴をこっそり顔を拭くためのタオルで綺麗に拭いたりしている。これは違反だ。見つかったら大変なことになる所業だ。洗面台を拭きあげるタオルはきちんと別に用意されているのだがそこは男の性で面倒なので顔を拭いたタオルでちょこちょこっと済ませるのだ。それがたまに正面にある鏡までには気が及ばない時がある。飛び散った小さな水滴が時間とともに乾いて跡になるのだ。その汚れた鏡の写真が出勤して机に向かった頃にラインで送られてくるのだ。
「何なん?これ!」お怒りモードだ。
「何回言ったら分かるよ!ホンマにボケ」
「しゅびましぇん」
「しゅびましぇん、ちゃうやろッ!人がどんだけ時間使って毎日掃除してるか知っとんのんか」ラインの絵文字が怒っている。ほとぼりが冷めるまで待つしかない。でも、本当に綺麗に掃除してくれているからこそなのだと僕は分かっているからそんなきつい言葉も投げつけたくなるんだろうと理解している。冒頭書いた散らかり放題の部屋を公共放送でなんの躊躇いもなく紹介できる女性の彼氏にはどんなに頑張っても僕はなれないだろと思うのだ。